美の死
久世光彦の訃報から1ヶ月以上が過ぎた。遅すぎる追悼文。
向田邦子・脚本のドラマ演出、最近では、男女の深層を描く小説家として実力を発揮しつつあることを嬉しく思っていただけに、残念。向田邦子については、「これ一冊でいい」として高島俊男『メルヘン誕生』(いそっぷ社、2000)を評価する、その潔さに感服する。誰もが、向田さんを絶賛しているけれど、彼女は文学的に発展途上であったことを、身近な久世さんが断言する姿勢がいいのだ。
- 作者: 高島俊男
- 出版社/メーカー: いそっぷ社
- 発売日: 2000/06
- メディア: 単行本
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大江健三郎と東大時代が同期で、大江氏が小説家として出発したので、久世氏はテレビ局に入社、主に向田邦子ドラマなどを手がけていた。小説を発表してからの久世氏は、類まれなる書き手であったと思う。『卑弥呼』(1997)、『蕭々館日録』(2001)など、絶品と形容すべき小説である。
- 作者: 久世光彦
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2006/03
- メディア: 文庫
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文庫化された『美の死』は、「僕の感傷的読書」の副題がついているが、取り上げた本をとおして久世光彦の思惟方法が語られる。各章の冒頭にエピグラプ的に置かれた文章に含蓄の深さがある。
第Ⅱ章はこうだ。
<論>というものを、もともと私はあまり好かない。だから私の本棚には「芥川論」だの「太宰論」といった類はほとんどない。そんな余計なお世話を読む暇があったら、その作品を繰り返し読むのが筋だと思うからである。ところがふと気づくと、ごく稀にではあるが、私もそうしたものを書いていた。身勝手なものである。ただ、これからも、間違っても<研究>などという品のないことだけは、すまいと思っている。(p.104)
至極、まっとうな見解であり、賛同したい。表題となっている「美の死」は三島由紀夫について書いた随筆(エッセイではない)。三島と吉屋信子を姉弟のようにあつかっている。「少女小説」がキーワードだ。三島と「少女小説」はどうみても、結びつかない。久世さんの中では、三島は吉屋信子の『花物語』を大切に隠し持っていたらしい。
- 作者: 小林秀雄
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1961/05/17
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「狂言作者としての小林秀雄」の副題をもつ「そして、芝居は終わった」も、一風変わった小林秀雄像がみえる。中原中也と長谷川泰子との三角関係が根底にあり、田中陽三の脚本の引用が何度か挿入され、中也によって「詩」を断念させられた小林秀雄がいる。同時代の作家より少しだけ背丈が高く、癖毛の小林秀雄、不思議な小林秀雄がいる。「季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)がみえる・・・」(ランボオ「幸福」の訳詩)。そういえば、秋山駿に『時が流れるお城がみえる』(仮面社、1971)という本があったな。しかしまあ、そんなことはどうでもよろしい。問題は、久世さんの随筆のことだ。
- 出版社/メーカー: パイオニアLDC
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「名文句を読む」がめっぽう面白い。引用文に、久世さんの感想がついていて、掴みどころが上手いと感心する。川端康成『片腕』、内田百輭の『サラサーテの盤』(この原作をもとに、鈴木清順が名作『ツィゴイネルワイゼン』を撮った)、最後に、太宰治『饗応婦人』の「<奥さま>は、死をすぐそこに見ていた太宰が、最後に描いた<女神>だった。」(p.60)に至り、久世氏が賢者であることを見事に示す選択ぶりである。
- 作者: 久世光彦
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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- 作者: 久世光彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2000/06
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文体の巧みさは、久世光彦の真骨頂であった。合掌。
■古書店ブーム
この日は、「古書店ブーム」と題して、以下の三冊を取り上げる予定で原稿を書いていたが、「Web読書手帖」の四谷書房さんが4月18日のブログで言及されていたので、そちらをご覧いただきたい。
岡崎武志『気まぐれ古書店紀行』(工作舎)
向井透史『早稲田古本屋日録』(右文書院)
樽見博『古本通』(平凡社新書)
- 作者: 樽見博
- 出版社/メーカー: 平凡社
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