『ボストン市庁舎』がフレデリック・ワイズマン監督二度目のベスト1となった
映画ベストテン2021
2021年映画ベストテンを以下に記して置きたい。そろそろ止め時と思いつつ今年も、コロナ禍を回避して49本を映画館で見た。作家別の作品ランキングなど、DVDや配信ビデオで見直すことも増え、よく映画を見た年だった。
映画ベストテン選出は『キネマ旬報2021年12月下旬』(キネマ旬報社)の「2021年キネマ旬報ベストテン選出用リスト」から、選出した。
【外国映画】
外国映画は、フレデリック・ワイズマンの『ボストン市庁舎』が素晴らしく、274分の長さは、途中休憩をはさみながらも、一日がこの作品を見るために費やされた。『ボストン市庁舎』は、ワイズマンの集大成的作品になっている。ボストン市庁舎の仕事全てを網羅し、キャメラの前で職員や市民は、饒舌に話す。とくに印象に強く残るのは、貧困地区に「大麻ショップ」を進出させるという業者側の説明に、マイノリティ市民ひとり・またひとりと抗議の弁を述べくだりだ。市の承諾を得ていることを盾に業者側の態度も傲慢だが、怒りの市民たちは「この問題は地区の全員が参加すべき」と、ゼロ地点まで戻した流れは、ワイズマンのインタビューによれば2時間以上続いたが、本編では26分に編集したと言う。その連続しているように見える26分のシークエンスにドキュメンタリーの真髄をみせられた。圧倒される多くのシーンの集積だった。
フレデリック・ワイズマンの映画は、『ニューヨーク公共図書館 』(2017)*1に次いで二度目のベストワンとなった。
外国映画に、ホロコースト、アウシュビッツ関係が2点いれたが、『ホロコーストの罪人』はノルウェーにおけるナチスのユダヤ人弾圧の実態を、一つの家族が遭遇した悲劇として、前半のなごやかさが、後半の先が見えない恐怖に絞って描かれている。また、『アウシュビッツ・レポート』は、ユダヤ系スロバキア人のアウシュビッツからの脱走と、たどり着いた赤十字の対応の遅さが際立つ、緊迫したドラマ(事実にもとづくとされる)になっている。
なお、『ボストン市庁舎』とスパイク・リー『アメリカン・ユートピア』は「共鳴する」内容を持っていることを、上原輝樹が指摘している。(『ユリイカ2021・12月特集フレデリック・ワイズマン』224~234頁より)
『アメリカン・ユートピア』は、デビッド・バーン率いる様々な国籍を持つ11人のミュージシャンやダンサーとともに舞台の上を縦横無尽に動き回り、ショーを通じて現代の様々な問題について問いかける。クライマックスでは、ブラック・ライブズ・マターを訴えるジャネール・モネイのプロテストソング「Hell You Talmbout」を熱唱する。舞台上演を映画化したものだが、圧倒的感動・高揚をもたらす多様性・民主主義の重要性が背後にある。ワイズマンとスパイク・リーが撮影した時期は、トランプ政権時代であった。
【外国映画ベストテン】
1.ボストン市庁舎(フレデリック・ワイズマン)
3.ノマドランド(クロエ・ジャオ)
3.ファーザー(フロリアン・ゼレール)
4.最後の決闘裁判(リドリー・スコット)
5.アナザーラウンド(トーマス・ヴィンターベア)
6.17歳の瞳に映る世界(エリザ・ヒゥトマン)
7.ホロコーストの罪人(エイリーク・スヴェンソン)
8.アウシュビッツ・レポート(ベテル・ベブヤク)
9.皮膚を売った男(カウテール・ベン・ハニア)
10.MINAMATA(アンドリュー・レヴィタス)
次点:サンドラの小さな家(フィリダ・ロイド)
:アイダよ、何処へ?(ヤスミラ・ジュバニッチ)
その他、気になった作品
・私は確信する(アントワーヌ・ランボー)
・シンプルな情熱(ダニエル・アービット)
・ミス・マルクス(スザンナ・ニッキャレッリ
・ブックセラーズ(D.W.ヤング)
・レンブラントは誰の手に(ウケ・ホーヘンダイク)
・すべてが変わった日(トーマス・ベズーチャ)
【日本映画ベストテン】
日本映画の話題は、濱口竜介に尽きるだろう。第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で銀熊賞を受賞した『偶然と想像』、第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品、日本映画では初となる脚本賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』の二作品で話題を独占した。言ってみれば<2021年は濱口竜介の年>となるだろう。とはいっても、私のベスト1には、西川美和『すばらしき世界』か、高橋伴明の『痛くない死に方』がより切実な問題点を提起していた。日本映画は見逃した作品が多く、私的には6位までが「ベスト6」となる。
『ドライブ・マイ・カー』は、村上春樹の原作を膨らませて、ジャック・リヴェット流に舞台劇を導入している。原作を超えるところは、チェーホフ『ワーニャ伯父さん』を特異な手法で舞台劇に仕上げ、ソーニャをハングル手話によって表現するなど、いささか凝りすぎていると感じた。むしろ、『偶然と想像』のさりげない日常から緊張感を孕む光景に瞬時に変わるシークェンスは、見る者を身構えさせる。優れた脚本家であり、出演者は濱口竜介にゆかりのある俳優陣が、巧みな演技を披歴していた。
【日本映画】
1.痛くない死に方(高橋伴明)
2.すばらしき世界(西川美和)
3.偶然と想像(濱口竜介)
4.ドライブ・マイ・カー(濱口竜介)
5.ヤクザと家族(藤井道人)
6.由宇子の天秤(春本雄三郎)
7.鳩の撃退法(タカハタ秀太)
8.きまじめ楽隊のぼんやり戦争(池田暁)
9.キネマの神様(山田洋次)
10.いのちの停車場(成島出)
次点:椿の庭(上田義彦)
その他、気になった作品
・騙し絵の牙(吉田大八)
それにしても、フレデリック・ワイズマン、ジャン=リュック・ゴダール、クリント・イーストッド*2の三人は91歳でありながらも、現役として、ほぼ毎年1本の映画を継続して撮っていることに驚く。
*1:フレデリック・ワイズマン『ニューヨーク公共図書館 』は、2019年外国映画ベストワンに拙ブログにおいて、推挙している。