ケリー・ライカートまたはケリー・ライヒャルトはハリウッド映画を解体する女性監督だ

ケリー・ライカートの映画

ケリー・ライカートの映画を、「ケリー・ライカートの映画たち~漂流のアメリカ」特集で4本、配信・DVD等で2本、計6本を見た。

f:id:PreBuddha:20220118204646j:plain

Kelly Reichardt

アメリカンインディーズ映画で著名だが、今回初めて彼女の既成ハリウッド映画を否定するかのような、きわめて刺激的な初期作品4本を製作順に続けて見た。

 

f:id:PreBuddha:20220118202321j:plain

River of grass,1994

『リバー・オブ・グラス』(1994)
ケリー・ライカートのデビュー作。いわゆるロードムービーというジャンルを解体した第一作から、既成ハリウッド映画の、まずジャンル映画を解体して見せたのが本作である。フロリダの郊外、湿地を背景に、行く場をなくしたかのような主人公コージーを演じるリサ・ドナルドソンは、平凡な主婦に収まっているが、特に目的もなく家を出て、冒険の旅にでて、リーというさえない男と逃避行と思いきや、プールに忍び込み、確認のため出てきた男を誤って撃ってしまったと思い込む。
近くのモーテルに宿泊しお金を支払い、強盗をすると他者に邪魔され、行為がことごとくコミカルに展開し、いつまでたっても、自宅近くを離れない。「恋愛」や「犯罪」のない逃避行だが、地元を離れない。移動しないロードムービーとして、ハリウッドのジャンル映画を脱=構築してみせた。

f:id:PreBuddha:20220118202739j:plain

Old joy,2006

 

『オールド・ジョイ』(2006)
『リバー・オブ・グラス』から12年が経過して撮られた、男二人のキャンプと温泉旅。男同士の一見友情のようなものを感じさせるかのように思われる。キャンプに誘われたマークは結婚していて、もうすぐ子供ができる状況。キャンプに誘ったカートは、いまだにヒッピー風の生活をしており、二人はかつて友人として付き合っていたようだ。しかし、今はやや距離を置いている関係。カートの案内でキャンプに車で行くわけだが、道に迷い容易に目的地にたどり着かない。途中、日が暮れて一泊する。焚火を介して二人は会話を交わすがどことなくぎこちない。翌日、車を駐車し、徒歩で秘湯を目指すが、山道を歩く二人は黙々と川をわたり、細い道を歩く。やっとたどり着いた温泉は、秘湯というにふさわし趣きがあり、それぞれ横並びに別の風呂桶に入り、とくに意味のある会話を交わすわけでもなく、やがてカートは、マークの首筋をマッサージする。帰りのシーンは短く撮られ、町に帰った二人は、簡単な挨拶をして別れる。キャメラは独身のマークを捉え、歩くマークにホームレスと思しき人が小銭をせがむ。一度は拒否するも、結局、ホームレスに小銭を与える。何も起きない映画という新しいジャンルを示した。

 

 

f:id:PreBuddha:20220118203121j:plain

Wendy and Lucy,2008

『ウェンディ&ルーシー』(2008)
ミシェル・ウイリアムズを主演に迎えた貴重な作品。アラスカを目指すウエンディは、一匹の犬を連れている。貨物列車が長々と横移動する冒頭シーン。ウエンディ(ミシェル・ウイリアムズ)は犬のルーシーを連れて歩いている。車まで戻ると、ここは駐車できないと言われ、エンジンをかけるが車は動かない。愛犬ルーシーのための食糧缶詰を万引きしたため、警察へ出頭させられる。以後、すべてが空転することになる。
スーパーの前につないでおいたルーシーがいない。愛犬を探して、スモールタウンを、彷徨するが、見つからない。老警備員が協力してくれて、保健所からの通知で、やっと愛犬ルーシーの居場所がわかる。良い家に飼われていることがわかると、愛犬を置いたまま、貨物列車に乗り込み仕事を探しに行く。

f:id:PreBuddha:20220118203532j:plain

Meek's cutoff,2010

『ミークス・カットオフ』(2010)
西部劇だが、ハリウッドが描いてきた西部とは全く異質な、史実に基づくと、このような映画となる、と提示してみせた作品。三家族がオレゴンの広大な砂漠を西部に向かっている。案内人にミークを雇ったが、目的地には着かない。一人のインディアンと出会う。彼の言葉は何を言っているか全くわからない。
ミシェル・ウイリアムズは、インディアンに貸しを作り信頼関係を結ぼうとする。
案内人のミークは反対し、インディアンの数々の非道ぶりを説くが、三家族はミシェル・ウイリアムズの意見に従う。水を求めて砂漠を彷徨う。

水を求めて砂漠をさまよう光景からウィリアム・ウェルマンの『廃墟の群盗』(1948)を想起した。グレゴリー・ペックが仲間を率いて砂漠をさまようシーンが延々と続くがやがて水にたどり着く。しかし、『ミークス・カットオフ』では一向に水にたどり着く気配がない。インディアンとの関係も曖昧なまま、一行は次第に疲れてくる。全編が暗く、夜間シーンはよく見えない。昼間も明るさがあまり見られない。この作品は、史実に基づけば、ハリウッドが描いてきた西部開拓史は「虚構」に過ぎないことを暴露した内容になっている。畏怖すべき映画だ。ケリー・ライカートの大傑作というべきフィルムになっている。

 

ケリー・ライカートの<ウィキペディア>記載名は、ケリー・ライヒャルト(Kelly Reichardt)となっている。現在は、ケリー・ライカートの日本語表記になってるようだ。

f:id:PreBuddha:20220118212458j:plain

Night moves,2013

『Night moves』(2013)

配信で『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013)を見る。
原題が「Night Moves」をなんとも意味不明なタイトルになっているので、映画の主題を勘違いしそうな日本語タイトルは、初期4作のように原題をそのままカタカナに変換すればよいだろう。環境テロリスト・ハーモンを首謀者として、笑顔がないジョシュと、ブルジョワ娘ディーナの三人によるダム爆破計画を描いた作品。ダム爆破後はお互いに連絡を取らないことを申し合わせる。しかしダム爆破のせいで、キャンプ中の男性が一人行方不明となりやがて死者が出たと報道されたことで、ディーナは動揺し、ハーモンに連絡する。ジョシュも生活しているコミュニティの中で浮いてしまう。3人の立場の違い、ハーモンは特に問題を感じないが、環境左翼のジョシュ(ジェシー・アイゼンバーグ)は、コミュニティを離れ、ディーナのもとを訪ねるが、彼女はパニック状態で警察に自首しようとしたので、ジョシュはサウナ個室で彼女を殺害してしまう。その後、ジョシュは職を探そうとするが、鏡に映る姿をみてそこから立ち去る。

f:id:PreBuddha:20220118212756j:plain

Certan womes,2016

『Certain Women』(2016)
次にDVDで、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)を見る。大きく三つの話で構成されている。

f:id:PreBuddha:20160720002216j:plain

Certain women part1


女性弁護士ローラ・ダーンは、気難しいクライアントに振りまわされるが、男性弁護士の意見を聞くとクライアントは納得する。女性弁護士の立場の不利さを、ローラ・ダーンは苦々しい思いで認識せざるを得ない。

f:id:PreBuddha:20220118212954j:plain

Certain Women part2

セカンドハウスを建てようとするミシェル・ウィリアムズは、反抗期の娘と無神経な夫にうんざりしながらも、砂岩を売って貰うよう夫婦で所有者と交渉するが捗らない。ところが、夫が所有者と交渉すると、耳を傾けようとする。女性蔑視の環境にうんざりするミシェル・ウィリアムズ

f:id:PreBuddha:20220118213117j:plain

Certain women part3

先住民のジェイミー(リリー・グラッドストーン)は、牧場で馬の面倒をみる仕事をしている。ある日、町に出たとき、数人が入る夜間教室を見つけて入ってみる。すると、女性弁護士エリザベス(クリステン・スチュワート)が、「学校法」を教えるためその日初めて、夜間教室に教えに来たのだった。
弁護士のエリザベスは、4時間以上の時間をかけて、夜間の市民相手に、法律の授業をしている。聴講生の中に、牧場で動物たちの世話する孤独な先住民のジェイミーが居る。二人は、乗馬することで親密になる。しかし、次の講義日には、講師が男性に変っており、ジェイミーは、エリザベスに会うため車で4時間以上の時間をかけて弁護士事務所へ行く。朝まで車の中で仮眠したジェイミーは、エリザベスに会い、言葉を交わして農場へ帰る。

 

ケリー・ライカートの作品6本を見ることができたが、『ミークス・カットオフ』が傑出しているといえよう。西部開拓史の虚構を、寓話として批判的に描いた傑作である。単なるフェミニズム映画に終わらない、映画の本質的な問題を提起していることに向きあわなければなるまい。私の好みから言えば『オールド・ジョイ』が、出来事としては何も起きない映画として印象が良かった。

 

 

【補足】

ケリー・ライカートの次の作品(日本未公開)は『First Cow』(2020)、更にミシェル・ウィリアムズ4回目の主演となる『Showing Up』(2021)が製作を終えている。公開が楽しみである。

f:id:PreBuddha:20220118222603j:plain

First cow