郵便配達は二度ベルを鳴らす


ジェイムス・ケインの小説の映画化で、テイ・ガーネット監督による『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1946)をDVDで観ることになったのは偶然であった。同じ原作から、のちにボブ・ラフェルソンが同じタイトルで映画化し、ジャック・ニコルソンジェシカ・ラングを主演に迎えて、原作に忠実な4度目の映画化を行い、過激な性描写が話題を呼んだが、テイ・ガーネット版は、「ヘイズ・コード」のため原作を大幅に改変した内容になっている。しかし、「ヘイズ・コード」が逆にラナ・ターナー主演のこの作品に魅力的な味わいを残したことは、皮肉な現象であった。夫ニック役に温厚なイメージのセシル・ケラウェイを配し、流れ者の訪問者フランク役には、ジョン・ガーフィールドが起用され、当時大ヒット作となったフィルムである。



山田宏一『新編・美女と犯罪』(ワイズ出版、2001)では、ラナ・ターナーに一章をあて、「ラナ・ターナーは二度ベルを鳴らす」のタイトルで、「ラナ・ターナーは犯罪のにおいをぷんぷんさせていた。」と記述しているように、彼女の人生そのものは、きわめてスキャンダラスであったことが、紹介されていて、のちに「母もの」で大スターになり、ダクラス・サーク『悲しみは空の彼方に』(1959)に出演する。


新編美女と犯罪

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郵便配達は二度ベルを鳴らす』には、強烈で濃厚なキス・シーンのかわりに、さかんにたばこに火をつけたりふかしたりするシーンがあり、そうした単純だがシンボリックなジェスチャーは、ハワード・ホークス監督の『三つ数えろ』でさらに洗練されたかたちでエロチシズムそのものに昇華することになる。(p.84『新編・美女と犯罪』)


もちろん、そのような描き方は「ヘイズ・コード」のためであるが、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は、話の展開も二転・三転し最後まで、眼が離せない。「フィルム・ノワール」のジャンルに分類される本作では、ラナ・ターナーの衣装はすべて純白(例外的に2回だけ黒がある)のドレスや、白いターバン、白いショートパンツといういでたちで、年上の夫殺害にフランクを誘いこむプラチナ・ブロンドの美女=悪女を演じている。


紳士協定 [DVD] FRT-071

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山田宏一は、ラナ・ターナーの側から、このフィルムに言及しているが、共演のジョン・ガーフィールドは、40年代から50年代のアメリカ映画では大スターだったことが、DVDの特別版の付録『ジョン・ガーフィールド物語』によって知らされる。このドキュメンタリーに、リチャード・ドレイファスダニー・グローバーが出演しており、ハリウッドの赤狩りの影響を受け、40歳まえに他界したジョン・ガーフィールドの、俳優としての実力を高く評価している。マーロン・ブランドやジェームス・ディーンの先駆者としての評価。この記録映画で引用されるジョン・ガーフィールド出演映画はエリア・カザン『紳士協定』(1947)以外ほとんど観ていない。というより日本未公開作品が多い。報道界のマッカーシズム批判の映画は、最近ではジョージ・クルーニ『グッドナイト&グッドラック』(1995)で描かれていたことは記憶に新しい。


グッドナイト&グッドラック 通常版 [DVD]

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ハリウッドの40〜50年代のマッカーシズムが、撮影所システムの崩壊につながっていることを、蓮實重彦は『ハリウッド映画史講義』(筑摩書房、1993)において、詳細に記述している。ジョン・ガーフィルドに関連してみれば、「あるスターの死」(p.56−58)として採り上げられているのは注目に値する。私の関心からいえば、「ハリウッドにおける亡命の歴史」にかかわる問題である。亡命とは、ナチスからアメリカへ亡命したルビッチやワイルダーやサークのみならず、逆に50年代には、ハリウッドからヨーロッパへ亡命したジョセフ・ロージー喜劇王チャップリンの例がある。


緑色の髪の少年 [DVD] FRT-116

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閑話休題。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』に戻ろう。この映画で、二人の裁判に弁護士(ヒューム・クローニン)と検事(レオン・エイムズ)は、どちらが勝つか賭けをするユーモラスなシーンがあり、映画の暗い雰囲気のなかに、予想外の展開になる肝心のシーンが、弁護士と検事のかけひきにより弁護士が勝利しクロである二人は無罪になる。また、ラストでは検事が勝ち、無罪であるフランクが有罪とされるアイロニカルな結末となっている。

弁護士と検事のいわば相手を知り尽くした駆け引きが、物語の要に位置しているので面白い構成になっている。夫役のセシル・ケラウェイはじめ、ヒューム・クローニン*1やレオン・エイムズなど、脇役の存在感が十分に発揮されていることが、必ずしも傑出した監督ではないテイ・ガーネットの代表作になったことに大きく貢献していると言えるだろう。


*1:ヒューム・クローニンは、ロン・ハワードコクーン』(1985)にドン・アメチととに老人役で出演しており、実に渋い名バイプレイヤーであった。