風と共に散る


ダニエル・シュミットが撮ったダグラス・サークドキュメンタリー映画『人生の幻影』(1984)を観て以来、そこに引用されていたダグラス・サーク(デトレフ・ジールク)のハリウッド時代の名作、『スキャンダル・イン・パリ』(1946)『天が許し給うすべてのもの』(1956)『必ず明日は来る』(1956)『風と共に散る』(1957)『悲しみは空の彼方に』(1959)を観ることが、課題となっていた。



ダグラス・サークの作品でDVD化されているのは、『風と共に散る』のみで、しかもすでに絶版になっている。ドイツのウーファ時代の3作品『第九交響楽』(1936)、ツァラー・レアンダー主演の『世界の涯てに』(1937)『南の誘惑』(1937)のみ、かつて蓮實重彦によって「リュミエールシネマテーク」としてレーザーディスク発売されたことがある。10巻セット販売であり高額のため当時は、買えなかった。


今回、『風と共に散る』を入手した。はじめてダグラス・サ−クのメロドラマを観ることができた。予想以上に、素晴らしい出来だ。サークのメロドラマのパターンは、ドラマの二重性にある。安定して動じない男(ロック・ハドソン)と、引き裂かれた兄妹をロバート・スタックとドロシー・マーロンが演じている。二人の男の間で揺れる女性がローレン・バコール。表の主役は、ハドソンとバコールだが、真の主役は影となっている神経症的な兄妹である。


風と共に散る』はフラッシュバック形式で始まる。スポーツカーを飛ばしてロバート・スタックが、自宅らしき豪邸に帰ってくる。そして、唐突に自殺する。カレンダーが風によってめくられ1年前の日付が示され、ロック・ハドソンローレン・バコールの出会いシーンに戻る。二人はいわば、安定した精神の持ち主で、常識人。一方、ハドソンの友人で石油王の息子ロバート・スタックは、アルコール中毒症状のファナティックな性格であり、彼はローレン・バコールにであった日に、自家用飛行機に乗せ、マイアミに飛ぶといった按配で、その日のうちに結婚を申し出ることになる。ためらいつつも、バコールは結婚を受け入れる。


『人生の幻影』で引用されているシーンが二つある。石油富豪ハドレイ家。二階ではマリリー(ドロシー・マーロン)がマンボの音楽に合わせて踊り狂っている。父(ロバート・キース)と、ミッチ(ロック・ハドソン)は階下で心配をしている。父親は階段の手すりを持ちながら登って行く。キャメラが切り変わり登ってくる父親を上から見るショットになり、父親が登りきるところで、突然心臓麻痺になり、階段からころげ落ちる。それを見たミッチと、マリリーの兄カイル(ロバート・スタック)の妻ルーシー(ローレン・バコール)が駆け寄る。一方、マリリーは、そんなことなど知らずに踊り続けている。


ダグラス・サークは「私の好きなテーマは、人の心の中の不安定な道徳性だ」という。続いて引用されるシーンは、ルーシーが妊娠したことを夫カイルに伝えたところ、カイルは自分の子供ではなくミッチの子だと断定し、妻を殴るシーン。階下で食事をしていたマリリーとミッチは、ルーシーの悲鳴を聞き、ミッチがあわてて二階に駆け上がる。ミッチに好意を抱いているルーシーは平静に見送る。二階では、カイルがミッチに暴力を振るう。引用している『人生の幻影』では画面のオフで、サークの声がかぶさる。「私は意識的にも無意識的にも、不道徳な人間を多く取り上げた」と。


ダグラス・サークの「メロドラマ」とは、単純な構造のドラマではなく、二重の構造を持つ。そして、サークが描くのは、もうひとつの、裏側の不均衡なドラマなのだ。この優れた構図を評価したのが、ドイツ・ニュージャーマンシネマのファスビンダーであった。以後、J=L・ゴダールアキ・カウリスマキフランソワ・オゾンら優れたシネアストたちは、ダグラス・サークを絶賛している。



ドイツ時代の映画3本については、蓮實重彦山田宏一の対談『傷だらけの映画史』の最終章「デトレフ・ジールクからダグラス・サークあるいはウーファからハリウッドへ」で、詳細に論じられている。現在、サークの映画は、DVDでは一本も入手できない。ハリウッドでの名作とされる『天が許し給うすべてのもの』や『悲しみは空の彼方に』のDVD化が期待される。ダグラス・サークは、日本での正当な評価が待たれているのだ。


サーク・オン・サーク (INFAS BOOKS―STUDIO VOICE‐boid Library (Vol.1))

サーク・オン・サーク (INFAS BOOKS―STUDIO VOICE‐boid Library (Vol.1))


ダグラス・サークに関する唯一の書物、インタビュー集『サーク・オン・サーク』(INFASパブリケーションズ、2006)は、貴重な映画本だ。関係本が出版されたというのに、サークの映画は、いっこうにDVD化される気配がない。ここは、映画をみたいという希望に応えて、ぜひDVDを発売していただきたい。ハリウッドの新作に新鮮味が感じられない昨今、「ダグラス・サーク『人生の幻影』DVDBOX(5本)」の企画は魅力あると思うのだが。