ブーニン作品集


渡辺京二『私のロシア文学』(文春学藝ライブラリ,2016)を読み、ロシア文学の中で忘れられているブーニンについて傑作『日射病』にたどり着き、ブーニンの詩的ともいえる作品群を知った。



それ以前に、渡辺京二『細部にやどる夢』(石風社,2011)の冒頭にブーニン『暗い並木道』を紹介していたことを思い出した。


細部にやどる夢―私と西洋文学

細部にやどる夢―私と西洋文学


ロシア文学とは、トルストイドストエフスキイ、チェホフやゴーリキーなどであり、ブーニンという名前すらよく知らなかった。

渡辺京二氏の案内に従い、短篇「日射病」「パリで」「聖月曜日」などを読むべく、群像社の『ブーニン作品集3』を購入した。


たゆたう春、夜 (ブーニン作品集)

たゆたう春、夜 (ブーニン作品集)


ブーニン著『たゆたう春/夜』(群像社,2003)に収められた中篇・短篇を読みながら、密度の濃厚さに圧倒された。


暗い並木道―イワン・ブーニン短編集

暗い並木道―イワン・ブーニン短編集


ブーニンの最高傑作といわれる『暗い並木道』(国際言語文化研究所,1998)を、古書購入し一篇づつ37編を読了する。すべて恋愛をテーマにしている短篇だが、幸福な時間は短く、別離または死が二人を分かつことになる。

ブーニンは、日本でいえば明治3(1870)年生まれで宮崎滔天と同じである。
ロシア革命時にロシアからフランスへ亡命した作家であり、亡命後に書かれた作品が評価されている。

ブーニン作品の梗概を、記事のように簡潔に書いてしまうと、その段階でブーニンの文学的魅力を半減させることになる。基本は、男女の出会いと別離であり、幸せな期間はきわめて短く、ハッピーエンドはない。そこに文学作品の味わいがあり、とりわけ描写の細部が濃密な官能性を帯びている故、別離・死による唐突な終わりが訪れる。なんとも切ない作品群なのである。だからこそ、いわば夢のような至福を見いだす読者は、読むことの幸福に満たされる。結末は人生そのものと同じだ。


ブーニンの魅力について、マルガリータ・カザケーヴィチは以下のように記している。

第一に、自己の尊厳を何よりも高くおくことによって、 二十世紀を襲ったありとあらゆる激変と破局のなかでも 「生ける魂」と非の打ち所のない名声を保つことができた。 第二に、神の作ったこの世界の申し分ない調和を感じ取り、 それを言葉にするという稀有な才能を、彼は授かった。


群像社の『ブーニン作品集』は、全5巻の予定で、2003年に第3巻『たゆたう春/ 夜』と第5巻『呪われた日々/ チェーホフのこと』が発売され、2014年に第1巻『村/スホドール』が10以上経過して刊行された。第2巻『生の盃/サンフランシスコから来た紳士(中・短篇集)』第4巻『アルセーニエフの生涯』は未刊になっている。


村/スホドール (ブーニン作品集)

村/スホドール (ブーニン作品集)

呪われた日々、チェーホフのこと (ブーニン作品集)

呪われた日々、チェーホフのこと (ブーニン作品集)


まずは、群像社に残りの第2巻と第4巻・2冊を早急に刊行していただくことを期待するしかない。

文学というものが19世紀の全盛期を迎え、20世紀にかけて成熟し頂点に達した。21世紀の現在は残念ながら衰退期にあることは否めない。

文学が衰退する中で、文学の魅力を実学として発信している荒川洋治氏の新刊『過去をもつ人』(みすず書房,2016)が刊行されている。


過去をもつ人

過去をもつ人