田畑修一郎全集

荒川洋治の「道」の文章から田畑修一郎が気になった。日本ペンクラブ・電子文藝館 で『鳥羽家の子供』を読み、この作家がますます気になった。地方の旧家の子供であった軍治(田畑)は、実母の死後、父の愛人である幾が後妻となり家庭の体面は保たれるが、やがて父は事業の失敗で自殺。後妻=義母・幾に引き取られ育てられる。数奇な運命のなかで、義母・幾との愛憎が細部にわたり心理の襞に分け入るように描かれる。父親の死後、12年目に子供たち全員があつまったことは、続編ともいえる『悪童』に書かれており、ここには、兄弟姉妹たちと末弟の田畑、それに父の死後、縁あり旧家の要となっている養母との関係が、やや距離を置いた眼で捉えられている。田畑修一郎は、義母の養子となり、田畑姓を名乗っている。そして、兄弟姉妹の姓が全て異なる特異な家系は、旧家の没落という宿命によるもので、成長した環境そのものに作品の素材が内在している。でも、家庭の事情は多かれ少なかれ、どの家庭にも存在する。私小説とは、特権的な世界の表出にほかならない。


『南方』以後の、著者が三宅島に移住した頃の日常を、醒めた眼で活写される光景は、不思議な魅力を備えている。島に住むタイメイさんだの、昌さんだの素朴な人柄を写し取る力量は、私小説作家の真骨頂が出ている。荒川氏がいうように『田畑修一郎全集』は、大切にしたい全集である。



■森山啓、加能作次郎田畑修一郎は、講談社文芸文庫として刊行して欲しい作家たちだ。