奈良登大路町 妙高の秋


奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)


講談社文芸文庫には、時々、嬉しい出会いがある。結城信一小山清島村利正を文庫にして出版することなど、今日では夢のような出来事であろう。文庫としては2004年刊行だが、未知谷という出版社から出ている『島村利正全集』(2001)を底本としている。


標題の「奈良登大路町」(1971)は、著者が15歳のとき就職した美術出版社「飛鳥園」で出会った自由人の林さんと、ラングドン・ウォーナー氏についての思い出を逸話の形で語り、二人を暖かく見つめる佳作。「残菊抄」(1957)は今回はじめて読み、菊売り娘お澄と、母おちかの相似的な運命を、端正な文体で活写した傑作であると直観させられた。母おちかは関東大震災を、娘お澄は東京大空襲を経験する。被災という体験が、母娘で運命を共有させている見事な構成。平凡な人生の中に、凛として生きる女性の姿は美しい。「残菊抄」のような世界は、もはや描かれることはあるまい。島村利正氏の作家としての誠実さが覗える作品であり代表作だろう。


初期作品「仙酔島」(1934)は、旅先の長野県で客死した行商人を手厚く葬った老婆が、死者のふるさとである福山を尋ねるという単純な話を、淡々と綴る筆致はすでに完成された域に達している。物静かな感動を呼び起こす。戦時下、志賀直哉瀧井孝作とのかかわりを描いた「焦土」(1977)もいいが、無名の庶民を自然体で捉えた晩年の「神田連雀町」(1980)や「佃島薄暮」(1981)の佳津子の生き方に思いは募る。


いつか王子駅で

いつか王子駅で


そういえば、堀江敏幸が『いつか王子駅で』(新潮社,2001.6)のなかで、島村利正の「残菊抄」「仙酔島」「焦土」から、引用していた。小説の中に、先行作家の本文を引用する例はきわめて少ない。

頁をひもとけば岩清水のような文章が、都塵にまみれた肺をたちまち浄めてくれる。この人の行文から漂ってくる気韻に似たものはいったい何だろう・・・
これは檜の香りだな、と思い到った。(p106)

島村利正の作品が、文庫本として入手できることは、とてもありがたいことなのだと, つくづく思う。