加能作次郎 三篇

加能作次郎(1885 〜1941)も、今日では忘れられた作家である。例えば、著名な作品一篇でも後世に記憶として残っておれば、忘れられることはないだろう。また、文学全集につねに名前を連ねていたなら、文学史の中の作家として記憶されるだろう。


2000年にEDI叢書の一冊として最初に刊行された『加能作次郎 三篇』によって初めてその名前を知りえた。三篇とは、「迷児」「汽船」「母」であり、いずれも代表作とはいえない。けれども、これらの短編を読むことで、加能作次郎の世界が視えてくる。能登に生まれた加能作次郎は、幼いときに実母が他界し、父の後妻となった母によって育てられる。13歳のときに伯父を頼って京都へ出奔する。後に、東京に出て早稲田へ進学する。卒業後は早稲田大学出版部に籍をおき、次いで博文館に入社し、雑誌『文章世界』の編集主任となり、有島武郎志賀直哉芥川龍之介宇野浩二たちの作品を掲載する。


加能作次郎は、数百編の作品を残しているが、処女作が『恭三の父』(1910)、文壇に認知されたのが『世の中へ』(1918)、比較的著名なのが晩年の作品『乳の匂ひ』(1940)で、この三作が文学全集の片隅に収められる程度である。


さて、「迷児」は著者7歳の時、本家の叔父に連れられて京都へ行ったとき、迷子になった経験を綴ったもので、連れまわされた男に羽織を取られてしまうのだが、その男はその後どうしたであろうかと、回想したもの。「汽船」は、子供時代に故郷で体験した田舎の結婚式のこと。方言のひびきが心地よく、能登の素朴な雰囲気を味わうことができる佳品。「母」は、義母について、彼女の死後、義理の母子という宿命を一方では無意識のうちに継子根性をもっていたが、そのために母を苦しめたことを悔恨の思いで描く。三篇とも、いずれも味わい深い作品。


生誕百年記念に出版された『加能作次郎選集』*1は、現代かなづかいで表記されているが、「世の中へ」や「乳の匂ひ」が収録されている。この二作とも、13歳で京都へ出て伯父のもとで丁稚奉公させられた時代を回想しているが、基本的には愛憎が葛藤するうちに、優しい気持ちで伯父や妾をとらえている。とりわけ、「乳の匂ひ」で、伯父に拾われた捨て子であった<お信さん>との二度の出会いが心に深く残り、お信さんの母乳で眼を洗って貰う光景は、官能的な、また記憶の重さを感じさせるものとなっている。<京ことば>がやわらかく、作品の構造を支えている。


現在、加能作次郎は文庫本では読むことができない。岩波文庫あるいは講談社文芸文庫あたりに、上記の代表作を収めて発行してほしい。なお、青空文庫で「恭三の父」と「少年と海」が、日本ペンクラブ電子文藝館で「乳の匂ひ」を読むことができる。