芥川賞・直木賞


いささか旧聞に属するのかも知れないが、第140回芥川賞は、津村記久子『ポトスライムの舟』(『群像』2008年11月号)に決定した。津村さんは既に、太宰賞、野間文芸新人賞の受賞歴を持っている。今回の候補者には、三島賞、川端賞・受賞の田中慎也氏、三島賞・受賞の鹿島田真希さん、人気作家の山崎ナオコーラさんなど、既に文壇で活躍している作家が多い。


アレグリアとは仕事はできない

アレグリアとは仕事はできない


一方の直木賞受賞は二人、天童荒太『悼む人』(文芸春秋)と山本兼一利休にたずねよ』(PHP研究所) の二人に決定した。天童氏は、これまでの実績からは予想どおりだった。


悼む人

悼む人

利休にたずねよ

利休にたずねよ


これで、出版界は、この三人の既刊本の増刷と、津村さんの作品の単行本化によって、ベストセラーの上位にこれらの作品がきて、まさしく商品として流通していくわけだ。特定の商品が売れるという出版界の近年の傾向にまた拍車がかかるわけだ。*1


「出版資本主義」*2といっても、出版界全体では不況が何年も前から言われており、市場原理がここでは、商品の質を問わず、売れる数少ない商品のみが加速度的に売れる現象となっている。これも資本主義の原理原則であり、書物は文化的商品であるからなどという理由は、通用しない。


芥川賞を取らなかった名作たち (朝日新書)

芥川賞を取らなかった名作たち (朝日新書)


佐伯一麦芥川賞を取らなかった名作たち』(朝日新書、2009.1)がタイミングよく出版されている。佐伯氏が、名作として取り上げている作品の内、太宰治『逆行』、木山捷平『河骨』、小山清『おぢさんの話』、小沼丹『村のエトランジェ』、山川方夫『海岸公園』、吉村昭『透明標本』、森内俊雄『幼き者は驢馬に乗って』、島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』、干刈あがた『ウホッホ探検隊』などが気になる。


骨の火 (講談社文芸文庫)

骨の火 (講談社文芸文庫)

ウホッホ探険隊 (朝日文庫)

ウホッホ探険隊 (朝日文庫)


いま取り上げた作家のうち現在も活躍しているのは、島田雅彦氏のみであり、森内俊雄氏は最近あまり作品を上梓していない。森内氏は、『幼き者は驢馬に乗って』のあと、『<傷>』『骨川に行く』『春の往復』『眉山』と、五回も芥川賞の候補になったが、結果として受賞できなかった。代表作として『氷河が来るまでに』(河出書房新社、1990)がある。忘れかけられている作家だ。


巻末の「芥川賞候補一覧」をみると、結城信一が『蛍草』『転身』『落落の章』と三回、候補作にあがっている。島村利正は、『青い沼』で一回だけ候補作になっている。


奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)


村上春樹氏は、『風の歌を聴け』『一九七九年のピンボール』で二回、候補にあがったが受賞していない。村上春樹の場合は、およそ芥川賞に似合わない。つまり、結果的に村上春樹芥川賞を受賞しなくて良かったと思う。


風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)


村上春樹氏の文壇での評価はよく知らないが、狭隘な村的世界から距離を置いていたから世界的な作家として認められたのだと思いたい。いま、一番次回作が待ち遠しい作家は、村上春樹氏のみである。


定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期4)

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期4)

*1:しかし、いまの私はこれら「芥川賞」「直木賞」受賞作を読まない。

*2:「出版資本主義」という用語は、B.アンダーソン『定本 想像の共同体』(書籍工房早山、2007.7)に依拠している。