司書資格省令科目の改正


2008年6月に「図書館法」が改正され、司書及び司書補にかかわる資格要件の見直しを行うこととなった。現在、図書館司書の資格取得は、「司書講習科目」を前提に省令科目(20単位)を履修・取得することで、認定されている。


図書館法の改正により、同法第5条第1項第1号に「大学において文部科学省令で定める図書館に関する科目」を履修した者が司書の資格を有すると新たに定められたからである。


司書となる資格を得るために大学において履修すべき図書館に関する科目を、文部科学省令で定めることを受けて、「これからの図書館の在り方検討協力者会議」(薬袋秀樹氏ほか12名)による試案が、2009年1月16日「司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について(これからの図書館の在り方検討協力者会議報告書)(案)」について、パブリックコメントとして掲載され、意見募集が1月26日まで行われた。


http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000361


「これからの図書館の在り方検討協力者会議」の試案はいくつかの問題点が含まれており、意見募集締め切りの翌日、日本図書館協会から、「司書資格取得のために大学において履修すべき図書館に関する科目の在り方について」(報告・案)に対する意見」が、1月26日付文書として公開されている。


http://www.jla.or.jp/kenkai/index.html


「在り方報告案」は、省令科目を大きく、三区分として提示されている。

  1. 基礎科目(1生涯学習概論、2図書館概論、3図書館情報技術論、4図書館制度・経営論)
  2. 図書館サービスに関する科目(1図書館サービス概論、2情報サービス論、3児童サービス論、4情報サービス演習)
  3. 図書館情報資源に関する科目(1図書館情報資源概論、2情報資源組織論、3情報資源組織演習)

以上の必修科目はすべて2単位となっている。これに選択科目(各1単位)を7科目(1図書館基礎特論、2図書館サービス特論、3図書館情報資源特論、4図書・図書館史、5図書館施設論、6図書館総合演習、7図書館実習)を省令科目とする提案*1である。


選択科目から2科目履修し、合計13科目24単位とするものとなっている。現在は14科目20単位だから、情報化時代に対応した科目に変更し、内容を一新した提案である。表面的にみるかぎり、ウッブ時代に即した内容にみえるが、科目の考え方や科目内容をみると、かなり大きな問題があると思われる。


まず、根本の問題として、司書とは、「公共図書館の司書」を前提にしているにもかかわらず、「在り方報告案」は、大学等学術図書館を前提とした司書科目になっている。専門職としての図書館司書の養成というより、コンピュータ技術や学術情報ネットワークに比重が置かれており、公共図書館の現実・実態と乖離している。

 
「在り方報告案」が提案している「司書科目」の具体的内容をみると、伝統的な「図書資料」の扱いが中核から疎外され、「情報資源」に「図書資料」より高い価値が付与されているように読みとれる。極論すれば、公共図書館の崩壊を招きかねない危機感をさえ抱かざるを得ない。


例えば、これまでは「レファレンス演習」であった科目が、「情報サービス演習」となり、「図書資料」より「情報」を重視したものとなっている。公共図書館の実態をみれば、「図書資料」を中心に情報関係は補完的なものとして機能しているはずだ。すべてネット上で解決できるなら、図書館とは空疎な箱物と化してしまう。


その典型が、現在、目録や分類を基礎とした「資料組織」だが、「在り方報告案」では「情報資源組織」に変更され、内容をみれば、図書資料とウッブサイト等メタデータを並列に置いて、図書より情報資源に比重が置かれている。これは、何を意味するかといえば、図書館は「もの」としての「図書資料」より、ネットワーク情報資源*2を重視していることになる。


現実の公共図書館をみた場合、多くの利用者は、図書資料を中心に利用しているはずだ。ネットワーク情報であれば、極論すればパソコンさえあれば、図書館に行かなくとも用が足りることになってしまう。最先端の情報環境を利用・駆使できる人には、「情報サービス」など不用*3であり、自ら情報収集し・活用している。


多くの公共図書館は、図書の貸出利用が圧倒的に多いはずだ。図書資料に対する知識より、情報資源を優先する改正は、果たして、公共図書館を利用する市民のことを考えているのだろうか疑問を持つ。


時代状況に密着することと、状況から距離を置くことの必要性。いわばバランスの問題であり、長期的視野にたてば、基本は「図書資料」である。この省令科目では、図書館本来の「図書資料」に関する基礎知識が低下しないか心配になってくる。


「在り方報告案」では、図書館の「核」となるべきものが、「図書」より「情報」が重視されている。情報化への対応は必要だが、過度の情報化依存現象が科目に反映されていて、この科目構成では、時代への対症療法的なものになってしまいはしないか。


「在り方検討委員会」の方向は、図書館情報学の専門家たちによる大学院レベルの「専門司書」の養成を目論んでいるようにみえる。実際、多くの公共図書館で必要とされる「書物」「図書資料」に対する知識は、過去のものであり、いまや「情報」こそが全てを制するという印象を受ける。これでいいのだろうか、というのが、率直な疑問である。


文部科学省から「パブリックコメント」として出された提案に対する議論を見かけないので、老婆心ながら、あえて、ここに疑義を呈するものである。


司書資格取得者は年間約1万人、そのほとんどが、図書館に就職できない現実があり、一方では図書館の業務委託化の問題がある。図書館の現場に「司書」がいない状況のなかで、あまりにも高邁な理想的司書像がはたして、どこで接点を持ち得るのだろうか。


図書館 この素晴らしき世界

図書館 この素晴らしき世界


かつて「司書講習」により「司書」資格を取得し、「公共図書館」利用を前提に「司書」を考える者として、藤野幸雄『図書館 この素晴らしき世界』(勉誠社出版、2008.12)の方向性を支持したい。


図書館 愛書家の楽園

図書館 愛書家の楽園

*1:なお、この「新省令科目」への移行期間として公布から施行まで「3年間の経過措置」を予定しているようである。

*2:ネットワーク情報資源のメタデータ記述法の代表例として、「ダブリンコア(Dublin Core)」があるが、書誌事項の記述方法として「日本目録規則」や「日本十進分類法」のように、図書館界で正式に認定されていない。私見によれば、「図書資料」と「ネットワーク情報資源」の書誌記述は分けて考えるべきものと思う。今回の提案は、これらを同列に置いているから問題なのである。公共図書館の現場を把握していない故、このような「省令科目案」が出てくるのではないかと思われる。

*3:誤解のないように急いで補足しておくと、「情報サービス」は例えば国立国会図書館(NDL)や国立情報学研究所(NII)が提供すればいいと思っている。地方の市町村立公共図書館に、「情報サービス」を求めることは少ないという意味である。