電子図書館

国立国会図書館長の長尾真氏による『電子図書館 新装版』(岩波書店、2010)が出版された。

元の版が1994年であり、Windows95発売以前であったことを思うと、インフラとしての電子的環境はほぼ予想されたように進捗している。しかし、肝心の電子図書館に関するかぎり、著者の予測は達成されていない。


電子図書館 新装版

電子図書館 新装版


「新装版の読み方」で岡本真氏が指摘しているとおり、


(1)本の構造の解体(物理的な「本」から情報レベルへの分解)
(2)断片化した情報の再構造化(リンクによる関連性・関係性の構造化)
(3)新たな読書インターフェースの登場(本の「コンテナ」の再構築)


この3つが現在直面している課題であることを見事に言い当てている。そして、図書館関係者、出版関係者、インターネット関係者の三者に読んで欲しいと述べている。


さて、新装版を読み、最も気にかかったのは、87頁の「図14 図書の構造と検索対象」にかかわるところである。通常、本の検索対象は「書誌事項」である。図書館界では、OPACはすでに時代から取り残されている状態であることは周知のとおりで、長尾氏のいう「目次検索」は「目録」上存在しないことになっている。


これまで行われてきた図書館における検索は図中の書誌的事項検索であり、また最近の全文検索はこのピラミッドの下部の部分に対する検索であるということになる。そしてそのどちらもが現代の検索要求には十分答えられない検索方式である・・・どうして今日までその中間の目次部分の検索ということを考えなかったのか、不思議といえば不思議である。(87頁)

長尾氏は、目次は抄録と較べても、目次情報の重要度が高いことを説明している。

一般的にいって自然言語文で書かれている抄録を対象とするよりは、用語あるいは用語の組み合わせである名詞句だけからなる目次部分の方が検索の対象として取り扱いやすいし、目次は章、節、項といった階層性を持っているので、この階層性の情報を利用すればより正確な検索が実現できる。(88頁)


と目次情報の検索を1994年の出版時に主張している。図書館界では、目録の基本は書誌情報であり、各種MARCの項目には、目次情報が想定されていない。また、引用索引誌において抄録は検索対象になっているが目次は除外されている。


「書誌レコードの機能要件」(FRBR)を盛り込んだ最新の「国際目録原則覚書」(2009)においても、目次は対象になっていない。これも不思議といえば言えなくもない。ウェブサイトなどはダブリンコアによるメタデータで収集するので結構だが、ウッブ上で全ての図書本文にたどり着くことができない以上、「目次情報」は必須項目だ。


いまひとつは電子書籍についての長尾氏の卓見である。「電子読書」のなかで、「電子読書機」の機能として四項目あげている。


(1)マルチウィンドウシステム・・・これはパソコンで読む場合可能であるが、携帯式の電子ブックの場合は、本の代替物を超えない。
(2)アンダーライン記入機能・・・本は単に読むだけのものではない。傍線を引くのは当たり前のこと。
(3)読書しながら原稿を書くこと・・・これはPCの場合、マルチウィンドウによってカット&ペーストが可能である。
(4)読書中に辞書など参考図書や必要な資料が利用できること・・・リンク機能の充実がなければ、電子ブックとしての便利さが減少してしまう。しかしこの要望に答えるためには著作権等種々のクリアしなければならないハードルがある。


電子ブックである以上、長尾氏が指摘する四項目は必須であろう。


新装版の序文で、長尾氏は、国会図書館長の立場から納本制度を活用して、出版社や著者に対する配慮をしながら打ち出している構想「デジタル時代の図書館と出版社・読者」(x-xi頁)は、読者にとって魅力的である。ただし、旧版で指摘している目次情報の目録化や、電子書籍機能の条件がクリアされることが前提となる。単に、読むだけの電子書籍なら冊子で十分だ。寝転がって読むことができるために冊子は、便利である。「電子書籍」の条件は、最低限長尾氏のいう四項目をクリアしていることだろう。


まず国会図書館が作成しているJAPAN/MARCに、「目次」の項目を、例えば「内容注記」の下位区分なり、「電子的内容注記」の前に項目として作り、データ入力することなどを期待したい。*1


いずれにせよ、長尾氏の『電子図書館』が新装版として刊行されたことを慶賀し、関係者が啓発されることが課題としての「電子図書館」や在るべき「電子書籍」のかたちに近づくことになる、と思いたい。



メタデータの「現在」 (ネットワーク時代の図書館情報学 )

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【追記】
谷口祥一『メタデータの「現在」』(勉誠出版、2010)で確認していると、126頁に新しい「国際目録原則」の「データ項目定義、利用ガイドライン」の項で以下の説明があった。

キ)注記に関する事項:他のデータ項目の記述を敷衍または詳述する。当該資料の目次や要約なども、内容に関する注記となる。(126頁)


とあったので、「新目録規則」では「ガイドライン」に従って運用されると思う。ただ、それを待つまでもなく、現在の規則のままで、JAPAN/MARCの「内容注記」の項目へ「目次」の記載は可能のはずである。
以上を、補足しておきたい。


紙の本が亡びるとき?

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書物の変―グーグルベルグの時代

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*1:もちろんJAPAN/MARCは、「国際標準書誌記述(ISBD)」に基づく「日本目録規則1987年版(NCR)」に依拠していることは分っている。だからこそ、利用者のために規則を逸脱してでも、検索のため「目次情報」はデータ化すべきで情報源なのである。