最後の人


F.W.ムルナウ『最後の人』(Der Letzte Mann, 1924)の復元修復版をDVDにて観る。字幕は冒頭と、途中、超一流ホテルの老ポ−ター、エミール・ヤニングスが解雇されるシーンで通知が文字で出るのみで、ラストのエピローグまで、一切字幕がでない。映像ですべてをみせてしまう力技。豪華なホテルの内部と、ホテルの外観を捉えるショット。車が行き交う道路を背景に、ポーターが回転ドア越しに動く様子。



ホテルとは対照的な住民たちのアパート。ホテルのドアマンの制服は一種の威厳として、住民たちには尊敬と服従のメルクマールとなっている。制服を脱いだヤニングスに、住民たちの冷笑が浴びせられる。制服は軍服への批判でもあるが、征服を脱がされ、トイレの清掃係となったヤニングスにとって、その仕事とは、屈辱以外の何物でもない。


栄光の絶頂にあるヤニングスが、清掃係として、客に手拭き用タオルを差し出したり、客が靴を磨くよう足を出されたときの、ヤニングスの表情が変化して行く。サイレントフィルムであるが故に、ひたすら見るものの視線を刺激する画面の構成や動きは、あまりにも見事であり、普通にキャメラが移動しているシーンも当時の技術ではある種の工夫がなされていたわけで、サイレント作品を撮った経験のある監督が持ち得る特権という蓮實的言説は、確かに的をえている。


とりわけ『最後の人』は、冒頭とエピローグに字幕が出るだけで、すべてを映像でみせてしまう恐るべきフィルムだ。ムルナウの『サンライズ』から始まったサイレント映画への旅は、同じムルナウの『最後の人』やパプスト『パンドラの箱』を観て、サイレント映画の素晴らしさを思い知らされたのだった。


サンライズ クリティカル・エディション [DVD]

サンライズ クリティカル・エディション [DVD]


■追記(2009.01.25)

今回のDVDによるサイレント映画鑑賞遍歴により、サイレントフィルムにおいて、映画の基本的な理論と実践方法が完成されていたことがよく分かった。今後も、フリッツ・ラングやグリフィスの未見のサイレントフィルムを「クリティカル・エディション」シリ−ズで観て行きたい。