ヒッチコック
エリック・ロメール、クロード・シャブロルの伝説的書物『ヒッチコック』の翻訳がやっと出版された。
原書が刊行されたのが、1957年だから、およそ58年後の翻訳ということになる。
エリック・ロメール,クロード・シャブロル著,木村建哉・小河原あや訳『ヒッチコック』(インスクリプト, 2015)
- 作者: エリック・ロメール,クロード・シャブロル,木村建哉,小河原あや
- 出版社/メーカー: インスクリプト
- 発売日: 2015/01/10
- メディア: 単行本
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ハリウッドの職人監督として認められていたヒッチコックを、映画作家として初めて高く評価したのが、ヌーヴェルヴァーグの旗手だったこの二人である。
翻訳本を一読し、ビデオがない時代、フィルムの記憶に頼り、詳細な分析によるやや硬質な文章で格調高く、読み解いたことに驚く。作品としては『間違えられた男』までが対象だが、作品の読解は画期的であり、作家論として今なお新鮮だ。
フランソワ・トリュフォーが、ヒッチコックにインタビューした『映画術』(晶文社,1981)は、初版原書が1966年だから、映画技術、撮影技法など、いわゆる「ヒッチコック」タッチと呼ばれる手法や、撮影の裏話が先行していたことになる。もちろん、ヒッチコック作品は、優れて技巧的な撮影方法を知ることが、見る際にきわめて有用であることは確かであり、『映画術』出版の先行は大きな意味がある。
ただ、出来れば、エリック・ロメール、クロード・シャブロルによる作家論が並行して刊行されることが望ましい刊行順序であったと思う。20 世紀半ばの映画批評が、今、どこまで理解されるのか。インターネットが映像世界を変貌させつつある時期だからこそ意義はあると言えるのかも知れない。
さて本書は、イギリス時代をクロード・シャブロルが、アメリカ時代をエリック・ロメールが分担担当したと、訳者は記している。
今では、二人とも他界され、フィルムが残されているので、如何にヒッチコックの影響を受けているかが、映画を観ることで良く分かるという事後的な解釈が成立する。
形式から創造された内容を読み、文学・哲学・美学的な、引用を散りばめながら、ヒッチのキリスト教的な贖罪と無垢という主題が、作品の背後の啓示を知ることができる秀逸な書物である。
ロメール&シャブロルは次のように記している。
ヒッチコックは、モラリストであるが、だからといって、道徳的らしところは少しもない。・・・(中略)・・・彼の役割は、光を照らすことに過ぎず、結論を出すことは各人に任せる。罪責は、ヒッチコックは表に出すのが非常に見事であるのだが、おそらく道徳的な次元に属するよりはむしろ、まさしく形而上学的な次元に属するのである。(p155)
ロメール&シャブロルは、ヒッチコックの映画をこのように評価する。単なるスリラー&サスペンスの娯楽作品と見られていた彼の作品に対する賛辞に溢れているのだ。
このような見方は、実に20世紀的な批評を代表するようなテクストである。
ロメール&シャブロルの作品群は、明確にヒッチコックの影響を受けていたことに、本書は気づかせてくれる。
シャブロルのフィルムは、犯罪を形而上学的に撮っていること。
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ロメール映画の古典的なスタイルや偶然性の優位は、ヒッチコックそのものに他ならない。
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ところで本書が最後に言及するのは、『間違えられた男』であり、ヒッチコック映画が、奇跡の形式に捉えると云う点で、ブレッソン『抵抗』、ロッッセリーニ『イタリア旅行』、オースン・ウェルズ『ミスター・アーカディン』も我々に奇跡を示していた作品と共鳴している、と著者たちは指摘している。
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そして、著者たちは、次の言葉で著書を締めくくる。
ヒッチコックは、全映画史の中で最も偉大な形式の発明者の一人である。おそらくムルナウとエイゼンシュテインだけが、この点に関して彼との比較に耐える。こうした形式から発して、その厳密さ自体に応じて、いかに一つの精神的宇宙が創り上げられているかを示し得たならば、我々の仕事は無駄ではなかったことになるだろう。ここでは形式は内容を飾るのではない。形式が内容を創造するのだ。ヒッチコックのすべてが、この定式に集約される。我々が証明したかったのはまさにこのことである。(p187)
この結論は、「千の顔を持つ天才のあらゆる側面の中で最も議論の余地がないこと」であると、ロメール&シャブロルは断言する。
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