スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド


スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』(The Pervert's guide to Cinema,2006)がDVD化され、注文していた商品が発売日(8月6日)に届いた。監督ソフィー・ファインズは、俳優レイフ・ファインズジョセフ・ファインズの姉である。


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スラヴォイ・ジジェクとは、『ヒッチコックによるラカン』(トレヴィル、1994)や『ヒッチコック×ジジェク』(河出書房新社、2005)において、ヒッチコックラカン的分析によって、文章化したものだが、本DVDは、映画を引用することで、自説を紹介している。


ヒッチコック×ジジェク

ヒッチコック×ジジェク


「映画は究極の倒錯的表現である。映画はわれわれが欲情するものを与えはしない。何に欲情すべきかを教えるのだ」とジジェクは言う。人間や世界を理解するのに映画が最適であるらしい。


スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』において引用・解説される作品は以下に記載するとおりだが、とりわけ、ヒッチコック作品、 デイヴィッド・リンチの畸形的フィルムの分析から、欲望の映像化について精神分析的な腑分けをしてみせる。


冒頭、『蜃気楼の女』で若い女性が踏切で立ち止まると、列車がゆっくりと通過する。列車の窓には、華やかな生活の一部が再現されている。映画ではよく使われる方法だが、キャメラがゆっくりと移動しながら、一つひとつの窓越しの光景があたかもパノラマの如く映される。魔法としての映画。


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ジジェクは、『鳥』の舞台となった湾岸でボートにのってヒッチコック作品を解説する。あるいは、『サイコ』の地下室に映画と同様のモノクロームで登場する、といったように映画の代表的な場所から、解説をして臨場感を出している。展開される持論は大きく変わるものではないが、映像を背景に説得するという姿勢は、「欲望は人工的なもの」「映画は欲望することを与える」など、いかにもジジェクならではの「倒錯的解説」になっている。



人間の感覚を三階に喩え、『サイコ』に例をとり、一階が「エゴ」、二階が「スーパーエゴ」、そして地下を「イド」と規定する。フロイト理論の援用である。ノーマン・ベイツが母親を二階から地下へ移動するシーンを見せながら、「スーパーエゴ」から「イド」へと、ノーマンの「エゴ」がそうさせる、しかし、ノーマンの行動を支配しているのはノーマンの欲望ではなく、母親の欲望が転移しているからである。


ヒッチコックの作品については、『ヒッチコックによるラカン』で個別作品に当たると、ジジェクの意図がより解りやすい。この「倒錯的映画ガイド」では、ジジェクの早口による一方的説明に圧倒されてしまう。


映画におけるフィクションとリアリティ問題。想像力や欲望の問題。つまり,「欲望とは他者の欲望である」という言葉に要約されよう。映画の深層を読むことで、映画への理解が深まるのだろうか。例えば、ヒッチコックなどは、映像どおりに受け取り深読みしなくとも面白さは堪能できる。しかし、デビッド・リンチ作品は、映像が意味するものが必ずしも明確ではない。リンチ作品の解説にジジェクは有効であろう。


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その他、タルコフスキーやキェシロフスキの作品なども、ジジェクの解説が理解を深めると言えるだろう。


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*引用されている映画

『蜃気楼の女』(1934) クラレンス・ブラウン
(Possessed (1934) Clarence Brown)

マトリックス』(1999) ウォシャウスキー兄弟
The Matrix (1999) Andy and Larry Wachowski)

『鳥』(1963) アルフレッド・ヒッチコック
(The Birds (1963) Alfred Hitchcock

『サイコ』(1960) アルフレッド・ヒッチコック
(Psycho (1960) Alfred Hitchcock

『我輩はカモである』(1933) レオ・マッケリー
(Duck Soup (1933) Leo Mc Carey)

『いんちき商売』(1931) ノーマン・Z・マクロード
(Monkey Business (1931) Norman Z McCleod)*1



エクソシスト』(1973) ウィリアム・フリードキン
(The Exorcist (1973) William Friedkin)

『怪人マブゼ博士』(1933) フリッツ・ラング
(Testament of Dr Mabuse (1933) Fritz Lang)

『エイリアン』(1979) リドリー・スコット
Alien (1979) Ridley Scott)

『独裁者』(1940) チャールズ・チャップリン
(The Great Dictator (1940) Charles Chaplin)

『マルホランド・ドライヴ』(2002) デイヴィッド・リンチ
(Mulholland Drive (2002) David Lynch

不思議の国のアリス』(1951)
クライド・ジェロニミ、 ウィルフレッド・ジャクソン、ハミルトン・ラスケ
Alice in Wonderland (1951)
Clyde Geronimi,Wilfred Jackson and Hamilton Luske)


ふしぎの国のアリス [DVD]

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『赤い靴』(1948) マイケル・パウエル
(The Red Shoes (1948) Michael Powell)

博士の異常な愛情』(1963) スタンリー・キューブリック
(Dr. Strangelove (1963) Stanley Kubrick

ファイト・クラブ』(1999) デイヴィッド・フィンチャー
(Fight Club (1999) David Fincher)

『夢の中の恐怖』(1945) アルべルト・カヴァルカンティ
(Dead of Night (1945) Alberto Cavalcanti)



『カンバセーション...盗聴』(1974) フランシス・コッポラ
(The Conversation (1974) Francis Ford Coppola)

『ブルー・べルべット』(1986) デイヴィッド・リンチ
(Blue Velvet (1986) David Lynch

『めまい』(1958) アルフレッド・ヒッチコック
(Vertigo (1958) Alfred Hitchcock

『サイコ予告編』(1960)
(Psycho Theatrical Trailer (1960))

惑星ソラリス』(1972) アンドレイ・タルコフスキー
Solaris (1972) Andrei Tarkovsky)

『ピアニスト』(2001) ミヒャエル・ハネケ
(The Piano Teacher (2001) Michael Haneke)

ワイルド・アット・ハート』(1990) デイヴィッド・リンチ
(Wild at Heart (1990) David Lynch

ロスト・ハイウェイ』(1996) デイヴィッド・リンチ
(Lost Highway (1996) David Lynch

デューン/砂の惑星』(1984) デイヴィッド・リンチ
(Dune (1984) David Lynch

『ペルソナ』(1966) イングマール・べルイマン
(Persona (1966) Ingmar Bergman)

アイズ・ワイド・シャット』(1999) スタンリー・キューブリック
(Eyes Wide Shut (1999) Stanley Kubrick

トリコロール:青の愛』(1993) クシシュトフ・キェシロフスキ
(Blue (1993) Krysztof Kieslowski)

イン・ザ・カット』(2003) ジェーン・カンピオン
(In the Cut (2003) Jane Campion)

オズの魔法使い』(1939) ビクター・フレミング
(The Wizard of Oz (1939) Victor Fleming)

フランケンシュタイン』(1931) ジェームズ・ホエール
(Frankenstein (1931) James Whale)

十戒』(1956) セシル・B・デミル
(10 Commandments (1956) Cecil B. DeMille)

ドッグヴィル』(2003) ラース・フォン・トリアー
(Dogville (2003) Lars Von Trier)

エイリアン4』(1997) ジャン・ピエール・ジュネ
Alien Resurrection (1997) Jean-Pierre Jeunet)

泥棒成金』(1954) アルフレッド・ヒッチコック
(To Catch a Thief (1954) Alfred Hitchcock

『逃走迷路』(1942) アルフレッド・ヒッチコック
(Saboteur (1942) Alfred Hitchcock

『裏窓』(1954) アルフレッド・ヒッチコック
(Rear Window (1954) Alfred Hitchcock

北北西に進路を取れ』(1959) アルフレッド・ヒッチコック
(North by Northwest (1959) Alfred Hitchcock

『ストーカー』(1979) アンドレイ・タルコフスキー
(Stalker (1979) Andrei Tarkovsky)

『クバンのコサック』(1949) イワン・プィリエフ
(Kubanskie Kazaki (1949) Ivan Pyryev)

『イワン雷帝(第二部)』(1945) セルゲイ・エイゼンシュテイン
(Ivan the Terrible(Part Two) (1945) Sergei Eisenstein)

『プルートの化け猫裁判』(1935) デイヴィッド・ハント
Pluto's Judgment Day (1935) David Hand)

スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』(2005) ジョージ・ルーカス
Star Wars Episode III: Revenge of the Sith(2005) George Lucas )



『街の灯』(1931) チャールズ・チャップリン
(City Lights (1931) Charles Chaplin)

*1:邦題が『モンキー・ビジネス』は、ハワード・ホークス監督が1952年に製作した作品で、本作はマルクスブラザーズ出演のコメディ映画であり、「スーパーエゴ」がグルーチョ、「エゴ」がチコ、「イド」をハーポに当てはめている。