映画術


「映画術」は、ヒッチコックトリュフォーがインタビューした『映画術』(晶文社,1981)が著名だが、映画監督の塩田明彦が、映画美学校で7回にわたり講義した内容を採録した『映画術』(イースト・プレス,2014)が実に面白い。映画を撮る側から、映画をどのように観るかを、解説した優れた映画本になっている。



7回の構成は、以下のとおり。

  1. 動線
  2. 視線と表情
  3. 動き
  4. 古典ハリウッド映画
  5. 音楽
  6. ジョン・カサエテスと神代辰巳


乱れる [DVD]

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塩田氏が紹介する映画は、動線として成瀬巳喜男『乱れる』高峰秀子と義弟役・加山雄三の間にある境界を如何に越えるかが、演出として示され、

上辺として語られている物語がある一方で、それとは別の次元で、もうひとつの物語がスタイルとして語られている・・・(p.30)


顔では、ヒッチコック『サイコ』が引用される。映画監督と俳優の存在感との決定的な出会いによって生まれた演出であると塩田氏は云う。


サイコ [DVD]

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アンソニー・パーキンスは、その後『サイコ』の続編的作品に役柄が限定されてしまう。俳優の個性を見抜いたという点で、ヒッチコックは天才的であったわけだ。

実際、ガス・ヴァン・サントが、ヒッチコック映画と同じ構図で撮ったリメイク作品では、同じシーから全く異なる印象を受けることで、証明されている。



視線と表情では、グリフィス『散り行く花』のリリアン・ギッシュの笑顔を作るシーンは、ゴダール出世作でベルモンドの死に際の表情を作為的につくり、一種オマージュを捧げていることは周知のとおりだ。


あの頃映画 秋刀魚の味 [DVD]

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小津安二郎秋刀魚の味』における、岩下志麻の一瞬の表情の変化にも、イーストウッド許されざる者』における、モーガン・フリーマンの妻(インディアン)の遠くを見る表情から、イーストウッドと二人で去って行くのを、凍りついたような表情で見送るシーンにも見られる。


曽根崎心中 【初DVD化】

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視線と言えば、増村保造曽根崎心中』の梶芽衣子が、ひたすら<死>を見据えている表情の迫力も、指摘されてみれば納得できる。



古典的ハリウッド映画の例として、フリッツ・ラング復讐は俺に任せろ』の省略されるカットを別の映像で見せること。また、アメリカ映画とは、<キャラクター>によるものと規定し、その例をチャールズ・ブロンソンに代表させている。<キャラクター>を、<感情>の変化に伴う動きに変えたのが、ジョン・カサヴェテスであるという。


ジョン・カサヴェテス 生誕80周年記念DVD-BOX HDリマスター版

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なるほど、塩田明彦の映画を見ているものにとって、演出に関係する映画史の知識を如何に製作に取り入れるか、動線、表情、動き、キャラクターから感情への流れなど、大変解り易い「映画術」になっている。


緋牡丹博徒 花札勝負 [DVD]

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以上のほかに、藤純子渥美清の台詞が歌(音楽)になっていること、また映画監督として、三隅研次を高く評価していることなど、「演技と演出」のタイトルで始めた講義は、映画好きには格好の名解説となっている。

映画は身銭を切って見ることの大切さを教えられる、実作者ならではの体験も。


塩田明彦作品

月光の囁き ディレクターズカット版 [DVD]

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害虫 スペシャル・エディション [DVD]

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カナリア [DVD]

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黄泉がえり [DVD]

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どこまでもいこう [DVD]

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