ブラック・ダリア


ブライアン・デ・パルマ久々の作品『ブラック・ダリア』(2006)は、フィルム・ノワールの傑作に仕上がっている。1946年から47年のロスが舞台。二人の刑事バッキー(ジョシュ・ハートネット)と、リー(アーロン・エッカード)は、惨殺された女優志望のエリザベス(ミア・カーシュナー)の過去を追体験することになる。


ブラック・ダリア (文春文庫)

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リーと同棲しているケイ(スカーレット・ヨハンソン)へのバッキーの複雑な想いは、映画のラストまで持ち越される。ウディ・アレン『マッチポント』で、官能的なファムファタールを演じたスカーレット・ヨハンソンは、本作では受身のタイプであるが、蠱惑的な女として二人の男性に愛される。


ロスト・イン・トランスレーション [DVD]

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死んだ女性に恋をするリーは、ヒッチコック『めまい』(1958)のジェームズ・スチュワートであり、<マデリン>という名前の富豪の娘(ヒラリー・スワンク)は、『めまい』の死んだ女性の名前と同じに設定されている。


めまい [DVD]

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ブライアン・デ・パルマが華麗なキャメラワークを見せた傑作『愛のメモリー』(1976)は、明らかに、ヒッチコックへのオマージュに満ちたフィルムだった。


愛のメモリー デラックス版 [DVD]

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ブラック・ダリア』冒頭のメキシコ人と水兵の暴動鎮圧のシーンは、長回しで撮られており、また、エリザベスが死体で発見されるシークエンスは、俯瞰によるクレーン撮影で状況を説明しており、いずれもヒッチコックタッチを踏襲している。


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原作が、犯罪小説の名手ジェイムズ・エルロイで、時代の雰囲気や気分を反映した見事な映像美は、まぎれもなく、ブライアン・デ・パルマという固有名を冠した傑作となった。



ブライアン・デ・パルマは、傑作と凡作の落差が大きく、本来なら映画界の巨匠の位置にいてもおかしくないのだが、たとえばリチャード・ドナー(『16ブロック』)のような職人監督ではない。ヒッチコックは、スリラーというジャンルにこだわり徹底して職人監督であったことを思えば、デ・パルマは映像に凝りすぎる傾向があり、プラスに働くととてつもなく良い作品になる。それが『ブラック・ダリア』だ。



『16ブロック』は、中年でアル中で腹が出ていておまけに足が悪い刑事のブルース・ウイリスが、囚人の証人モス・デフを、16ブロック先の裁判所まで送るきわめて単純な仕事であったはずが、NY市警に追われるというスリリングな展開。実に面白く出来ている。これぞ職人監督による映画だ。


ファントム・オブ・パラダイス [DVD]

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ブライアン・デ・パルマは、ヒッチコックの影響を受けながら、職人監督に徹することを回避したのは、やむを得ないとは思うけれど、ここはファンの一人として、一作毎に異なる作風を味わう楽しみと、クレーン撮影の長回しによる高揚感は得がたい特質を持つ監督であると言っておきたい。


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デ・パルマの代表作は、『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)『愛のメモリー』『キャリー』(1976)『殺しのドレス』(1980)『アンタッチャブル』(1987)あたりか。