小林秀雄講演CD
小林秀雄講演(CD)を、毎日一巻づつ購入し、結局五巻を手元に持つことになった。
第一巻『文学の雑感』*1、第五巻『随想二題〜本居宣長』*2を聴く。小林秀雄の声は甲高く、志ん生落語を聴く雰囲気があり、講演冒頭の枕のふり方など、見事な落語になっている。『文学の雑感』の冒頭は、小林氏が「たばこを止めた」いきさつを、語るくだりが面白い。小林秀雄は普段から胃の具合が良くない。主治医は氏の体調を良く知っている。けれども知人の進めで大病院でガンの検査を受ける。結果はコレステロールの値が高いから注意をというのみで、それを主治医に話すと、「俺はお前の体を知っている。酒を止めるよりも、あんたはタバコをお止めなさい」といわれる。コレステロールの値など、人によって異なるのだから、単に数字で体調を判断できない。医者は健康診断によって、数値の高い人に投薬しそれで、儲けている。すべてが、数値を頼りにして、患者本人の体調を知らずに判断している。『文学の雑感』の講演は昭和45年だが、これは現在の治療にも十分あてはまる。まあ、こういう話から、小林秀雄がたばこを止めた話が続く。小林秀雄は、主治医の忠告に従ってたばこを止め、胃の調子がよくなったと語る。
日本はいつでも学問が外から押し寄せてくる、漢字が中国から輸入されるまで文字を持たなかったことは周知のとおりで、学問の言葉はすべて「漢字」で書かれた、「大和魂」は女性のことばであり、紫式部が『源氏物語』を書くことで、はじめて女性の手により「もののあはれ」が表現された、と小林秀雄はいう。
学問や思想の日本での受容状況については、丸山眞男が「古層論」として述べていることだ。外来思想を次々と受容し日本風に変容させてゆくが、その根底に不変の「古層」がある。例えば、徂徠と宣長を評価する小林秀雄と同様、丸山眞男も『日本政治思想史研究』*3で、「徂徠」と「宣長」を評価していた。徂徠が朱子学を批判し、聖人の道を示す「原典」に還ることを学問の基礎としたように、宣長も「やまとことば」の原点に立ち返ることで、二人の古典に対する態度は共通する*4
丸山眞男は、政治学・政治思想史の分野で「合理的科学的」に対象を分析し、「つぎつぎとなりゆくいきおひ」という「古層論」に到達した。一方、小林秀雄は、宣長を徹底して読み込んだ。二人の違いは「科学(この場合社会科学)」の認識の相違であるように思える。
小林秀雄と丸山眞男は、一見対照的に視えるが、「学問の本質」についての考えは近いところにあっあたのではないかと、私は推測する。
小林秀雄講演『随想二題〜本居宣長』を聴くと、宣長の「うひ山ふみ」でいうとおり学問の正統な方法論などないという主張は、「詮ずるところ学問は、たゞ年月長く倦まずおこたらずしてはげみつとむる」と述べる宣長のことばに集約される。
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丸山眞男は『日本の思想』で、次のように小林秀雄に言及する。*5
小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。それは直接には歴史的発展という考え方にたいする、あるいはヨリ正確には発展思想の日本への移植形態にたいする一貫した拒否の態度と結びついているが、すくなくも日本の、また日本人の精神生活における思想の「継起」のパターンに関するかぎり、彼の命題はある核心をついている。(p.12)
また第二章『近代日本の思想と文学』では、小林秀雄の文章を引用して「まことに鮮やかな指摘だ」と一定の評価をする。
「あとがき」では、小林秀雄を「狭い日常的現実にとじこもる実感主義と質を異に」する思想家として捉えていたことが記されている。
小林氏は思想の抽象性ということの意味を文学者の立場で理解した数少ない一人であり、私としては実感信仰の一般的類型としてではなく、ある極限形態として小林氏を引用したつもりだった。(p.191)
丸山眞男は、小林秀雄の大著『本居宣長』にはついに言及しなかったが、のちに思想史的な「古層」概念を用いたことは、小林秀雄の「学問」の考えとは、本質的に近いと感じる。
小林秀雄『本居宣長』は、冒頭の「遺書」による両墓制のところで、いつもつまずくのだが、今度は読めそうだ。脚注つきの『小林秀雄全作品27・28』で読んでいる。もちろん、断るまでもなく、私の「意識内問題」としての「思想(史)」理解であることは申すまでもない。
これで、なんとか前に進むことができそうだ。
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■追記(2005年10月17日)
丸山眞男にとって、小林秀雄の「宣長」に対応する対象を敢えてあげるとすれば、「福澤諭吉」であろう。従って、『本居宣長』に比肩されるのは、『「文明論之概略」を読む(上・中・下)』(岩波新書)になる。
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