ニライカナイからの手紙
沖縄を舞台にした映画には、佳作・傑作が多い。高嶺剛『ウンタマギルー』(1989)*1をはじめ、中江裕司『ナビィの恋』(1999)『ホテル・ハイビスカス』(2002)、崔洋一『豚の報い』(1999)*2、篠原哲雄『深呼吸の必要』(2004)など、いずれも沖縄という南島を描きながらも人間の普遍性を志向する点で、私の好きな映画だ。
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熊澤尚人『ニライカナイからの手紙』(2005)は、沖縄の八重垣諸島の竹富島が舞台になっている。沖縄や奄美大島には「ニライカナイの伝説」があるという。また、竹富島には「うつぐみ」の伝説がある。「ニライカナイ」とは、<海のかなたの桃源郷>という意味、「うつぐみ」は「かしくさや うつぐみどぅ まさる」、つまり<協同一致の精神>が竹富島には今も残っているという。この二つの「沖縄のことば」が、この映画の主題である。以下の紹介には、ネタバレを含むことをあらかじめ断っておきたい。
竹富島に住む蒼井優(風希)はカメラマンだった父親の死後、母・南果歩、島で唯一の郵便局員である祖父・平良進と平穏な生活を送っていた。ある日、風希が7歳のとき、母は祖父ととも東京へ旅立った。ところが、帰島したのは祖父のみで、母は当分、東京から帰れないことになる。以後、毎年、風希の誕生日に、母からの手紙が届く。14歳の誕生日には、母は、娘が20歳になったとき、全てを説明すると手紙に書かれていた。
高校を卒業した風希・蒼井優は、上京し、カメラマンの助手として働き、自分も写真を撮りながら将来は独立することを夢みて、厳しいカメラマンの下で我慢を重ねる。20歳になれば、母に会えると信じて。
梗概を記したが、沖縄といえば明るい陽光と紺碧の海。ところが『ニライカナイからの手紙』の映像は、人物を捉えるときは必ず逆光になり、光源は画面の奥にある。しかも全体の色調は、やわらかく軟調に徹している。もちろん、このやや暗い色調は、映画の主題と深い関連があり、蒼井優が20歳になり、手紙に書かれている約束の井の頭公園で出会うはずの母親が現れないことに繋がっている。
母・南果歩は、風希が7歳の時、病院にいた。死を告げられた母は、娘が大人になるまでの14年間分の手紙を書き、毎年、渋谷の郵便局から出すことにしたのだった。事実を知った蒼井優は、逆光の中で、一年毎に娘の成長に合わせた母の手紙を、繰り返し繰り返し読む。涙なくしては観ることができないシーンだ。南果歩自身が、幼いときに母親を亡くしたことで味わった淋しさを、娘に同じ想いをさせたくなかったのだ。そのため、敢えて母が生きていると「嘘」をつき、毎年、誕生日に娘へ手紙をだし、成人するまで見守ることを、死を前にして決意したのだった。母は「ニライカナイ」の世界から手紙を出していたのだ。
帰島した蒼井優のもとに、島の人々が次々と食べ物をもって励ましにやってくる。「うつぐみ」の協同体による生きることへの知恵だ。この光景は、キャメラが部屋にいる蒼井優から、人々を捉えながら移動しついに鳥瞰の位置で、島人の慣習を見守る視線になる。
沖縄について、吉本隆明の『南島論』のように天皇制を相対化する視点ではなく、あるいは、政治的に沖縄を利用する多くの「評論家」の立場でもなく、また、単なる「癒しの島」では決してない沖縄固有の普遍性を持つ世界として、すくなくとも、「うちなんちゅうの普遍性」を描く作品として、『ニライカナイからの手紙』を高く評価したい。
画面全体が、柔らかい軟調であり、通常の映画では回避する手法である「逆光」による映像は、蒼井優が写真に定着しようとする円球形の玉を光らせる方途に夢中になることで、監督の意図が見えてくる。カメラ雑誌に採用された蒼井優の写真は、「逆光」の中で輝く円球が中心になる構図であったことを付け加えておきたい。
そして、何よりもこの映画が良いのは、風希に蒼井優を配したことにある。蒼井優は、寡黙でしかも芯が強い「うちなんちゅう」に、見事なりきっていた。
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