今年は外国及び日本映画とも女性主演映画がベスト1となった

映画ベストテン2020

 

今年2020年は、コロナ禍のため、3月から5月まで映画館に行けなかった。例年に較べてスクリーンで観た映画は少なく、47本だった。目標が80本なのだが、新型コロナウイルスを回避するため、自宅巣ごもりの一年となった。

 

映画館で観た映画は少ないが、その中からベストテンを選出した。日本映画・外国映画とも女性が主人公のフィルムを、ベスト1となった。

 

『燃ゆる女の肖像』と『MOTHER マザー』は、圧倒的に<ベスト1>に値する。18世の無名画家(ノエル・メルラン)による結婚前に肖像を描くことになった女性(アデル・エネル)へのつかの間の愛が、その後も持続する。別離ののち二度会ったと言う。一度目は結婚後に肖像画に、二度目は演奏会で二階の向こう側にアデルが居るが、ヴィヴァルディの「四季・夏」が演奏され、演奏者に視線を向けたまま、ノエル・メルランの方向を無視してるようだが、その眼には次第に涙があふれてくる。秀逸なショットであった。

 

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【外国映画】
1.燃ゆる女の肖像(セリーヌ・シアマ)
2.Mank/マンク(デヴィッド・フィンチャー

3.その手に触れるまで(ダルディエンヌ兄弟)
4.1917 命をかけた伝令(サム・メンデス
5.レイニーデイ・イン・ニューヨーク(ウディ・アレン
6.ジュディ、虹の彼方に(ルパート・グールド)
7.ストーリー・オブ・マイライフ(グレタ・ガーウィグ
8.リチャード・ジュエル(クリント・イーストウッド
9.パブリック 図書館の奇跡(エミリオ・エステベス
10.テリー・ギリアムドン・キホーテテリー・ギリアム

次点 パラサイト 半地下の家族(ポン・ジュノ

次点 ジョン・F・ドノヴァンの生と死(グザヴィエ・ドラン
次点 ハリエット(ケイシー・レモンズ)

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デヴィッド・フィンチャー『Mank/マンク』は、『市民ケーン』へのオマージュではなく、脚本家ハーマン・J・マンキウィッツ(ゲイリー・オールドマン)が、オーソン・ウェルズから脚本依頼を受け、「Americans」のタイトルで完成するまでを描いた作品である。脚本を書く過程で、ハリウッド1930年代の過去が映像として綴られる。1930年代の大恐慌社会主義運動など。とりわけ、カリフォルニア州知事選挙は、民主党候補のシンクレアが有利だったが、映画会社はフェイクニュースを制作したため、共和党候補に敗れるエピソードは、2020年の米大統領選挙を想起させる。マンク(ゲイリー・オールドマン)は、ルイス・B・メイヤーの誕生日パーティーに参加し、酔った勢いで「ドン・キホーテ企画」について滔々と大演説をする。それは、ハースト(チャールズ・ダンス)と彼の愛人マリオン・デイヴィスアマンダ・セイフライド)への痛烈な皮肉であった。回想の思いが脚本に反映される。『市民ケーン』が制作される前の脚本段階を、様々なマンクの回想に基づいて映像化される。脚本をウェルズに渡す際、クレジットにマンクの名前が明記されることを希望する。当時の映画関係者が次々と回想シーンに現れるが、彼らを理解するためには、ハリウッド映画史の基礎的知識があることを前提としている故、細部まで気になると落ち着いて映画に没入できない。

 

 

 【日本映画】
1.MOTHER マザー(大森立嗣)
2.スパイの妻(黒沢清
3.海辺の映画館(大林宣彦
4.ラストレター(岩井俊二
5.浅田家!(中野量太)
6.初恋(三池崇史
7.罪の声(土井裕泰
8.Red(三島有紀子
9.空に住む(青山真治
10.タイトル、拒絶(山田佳奈)
次点 劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン石立太一
次点 男はつらいよ お帰り寅さん(山田洋次

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『MOTHER マザー』の長澤まさみは、自分の子供を支配しながら己の欲望のまま生きる女。子供たちへは極限の愛ともいえるが、その自堕落な生活ぶりは鬼気迫る。世間的には悪い母親である。長澤まさみは、コメディを演じときは生き生きしているけれど、『MOTHER』のどうしようもない女としての母親になりきっているその表情には凄みが伺える。硬軟演じ分ける女優としの実力が発揮された作品になっている。これまで縁がなかった<主演女優賞>に値する演技を称賛したい。

 

【追記】(2021年3月20日

2021年3月19日に開催された日本アカデミー賞・表彰式にて、長澤まさみさんが見事に主演女優賞を受賞された。対象二作品において、演技力の充実が全開していた。心から祝福したい。

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日本アカデミー賞・主演女優賞を受賞した長澤まさみ

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黒沢清『スパイの妻』は、良く作りこんでいる。時代は戦時中、場所は神戸という設定。物語の鍵になるのが、「プライベートフィルム」だ。
商社を営む高橋一生は、妻・蒼井優に仮面を付け金庫を開けさせるシーンから始まる。妻の知人・東出昌大憲兵として神戸に赴任してきたことを、高橋夫妻へ挨拶に来る。前半の蒼井優は、裕福な生活のなかにいる平凡な妻に見える。後半の変貌への準備か。

高橋一生は甥・坂東龍汰を伴い満州に渡る。帰国した高橋には、秘密めいた行為があると妻は疑う。妻は夫が満州で見てきたことをフィルムに残していることを知り、一人で上映し、その内容に驚く。フィルムの画面ではなく、それを見ている蒼井優の表情の変化で観客に知らせる、古典的方法だ。

さて、先のフィルムが二度上映される。最初は会社の忘年会で、二度目は、夫と妻が別れて別々に亡命しようとした際、妻が捕まり、スパイの証拠となるフィルムが上映されるかと思ったら、上映されたのは「プライベートフィルム」だった。妻は「お見事!」と叫び、倒れる。このシーンは予測できたが、「お見事」の科白こそ、見事な脚本だ。

妻は狂ったふりをして精神病院に収容されるが、敗戦直前の病院爆撃により、逃げ出し、何故か海辺の近くを小走りしている。クローズアップされた蒼井優の表情は、怪しいまでに美しい。戦後の二人は字幕で表され、見るものにその後を予想させるつくりになっている。黒沢清の時代ものは、今回が初めてだが、シリアスなスパイものであると同時に優れた娯楽作品に仕上げている。