漱石関係文献の収集3年


漱石に関心を持っていたのは、学生時代、代表作とりわけ、前期三部作と後期三部作および『明暗』を読んだことに遡る。以後、江藤淳柄谷行人蓮實重彦石原千秋など、折に触れて、関係文献を読んできた。しかしながら、ここ3年間は、集中的に漱石文献を蒐集することになった。その結果の一部を記録しておきたい。


漱石書誌及び研究文献目録

(1) 清水康次「単行本書誌」(『漱石全集』第27巻「別冊 下」)岩波書店,1997
岩波書店版『漱石全集』第27巻(1997)所収の、清水康次「単行本書誌」(p159-591)が、漱石本の単行本に関する書誌を網羅している。その内、「単著」として初刊本・縮刷本を中心に、64点採録されている。『吾輩ハ猫デアル(上編)』(初刊本)から記録され、64番目には、『吾輩は猫である』(再刊本)まで採録している。それぞれ書誌事項に加えて、表紙の画像、体裁、構成、「重版」の履歴、更に「解説」が付されている。

漱石の「単著書誌」に関しては、最も信頼ができる書誌と言っていいだろう。「単著書誌」に続いて、「個人全集」「合著集・抄文集」「その他」および「主要作品の単行本収録状況表」が付されていて、漱石本書誌については、遺漏は少ないと思われる。

清水氏は「月報28」掲載「重版が映し出すもの」の冒頭において、「単行本書誌」は、「一つ一つの本について、初版のデータのみを記す、いわば点としての記述を発展させて、時間軸を持った線としての記述をめざした」と述べ、重版の経過を採録していることは、漱石本書誌研究にとって画期的な業績となっている。筆者にとって、「単行本書誌」は困難をきわめた優れた書誌であると評価したい。さらに付言するなら、とりわけ「主要作品の単行本収録状況表」が貴重であった。しかし、
清水氏版漱石書誌は、申すまでもなく研究論文・雑誌論文・記事などは含まれていない。

(2) 小田切靖明,榊原鳴海堂 共著『夏目漱石の研究と書誌』ナダ出版センター,2002
本書の構成を目次から記載する。

  • はじめに―漱石研究の周辺
  • 漱石本」の研究と書誌
  • 漱石研究文献」詳細書誌
  • 研究文献著者索引

本書もいわゆる「漱石本書誌」であることは清水氏版「漱石単著書誌」と同様だが、書誌採録の基準に差異があり、そこに本書の価値がある。
田切靖明氏による「(漱石)初刊本・縮刷本書誌」を、清水版と比較してみよう。収録は62点であり、書誌記述以外は、体裁や参考重版に「解説」が詳しく記載されている。清水版64点と小田切版62点の違いは何か。敢えていえば、研究者と古書店の視点の差異にあるといえよう。
夏目漱石の研究と書誌』は、漱石関係文献として、高く評価されていいはずだ。

(3)村田好哉『漱石三四郎」書誌』翰林書房,1994

(4)堀部功夫・村田好哉編『漱石関係記事及び文献(漱石作品論集成・別巻)』桜楓社,1991
本書は『漱石作品論集成』全12巻の別巻として刊行されたもので、特に第一部「同時代評」は、漱石関連記事とも云うべき目録になっている。収録されている記事は61篇であり、堀部功夫漱石の見た<漱石>」に解説が付されている。文献目録としては、「同時代評」を一覧にした表(p.191-198)には、160点の記事が採録されており、貴重な資料となろう。第二部は漱石没後「大正六年から昭和十年まで」の論文・記事が10編収録されている。

夏目漱石の研究と書誌』や『漱石三四郎」書誌』の書評や紹介記事は、「雑誌記事索引」や「国文学論文目録データベース」を検索しても、1件も該当しない。

換言すれば、国文学専門分野においては、時間と根気と正確さが要求される「書誌」は、国文学研究ではないという理由(?)ゆえか、正当に評価されていないようである。

(5)五十嵐礼子・大木正義・工藤京子・田中愛・丹剛・橋本のぞみ「漱石研究文献目録」
「昭和63(1988)年7月〜平成15(2003)年6月」
漱石研究』翰林書房,1995〜2005 
4(1995・5),5(1995.11),6(1996.5),7(1996.11),9(1997.11),11(1998.11),12(1999.10),13(2000.10),14(2001.10),15(2002.10),16(2003.10),18(2005.11)

(6)仲秀和「『こヽろ』文献目録」
『『こヽろ』研究史和泉書院,2007

(7)村田好哉「『明暗』文献目録」
鳥井正晴編『『明暗』論集 清子のいる風景』和泉書院,2007

(8)村田好哉「『道草』研究文献目録」
鳥井正晴[ほか]編『『道草』論集 健三のいた風景』 和泉書院,2013

『道草』論集―健三のいた風景 (近代文学研究叢刊 51)

『道草』論集―健三のいた風景 (近代文学研究叢刊 51)


漱石関係基本文献(私的収集から)

まず漱石の作品集、全集である。漱石の作品は岩波文庫以外で、多数の出版社から刊行されている。

・『漱石全集』(菊判)全17巻付録1冊 岩波書店,1979〜1981

・『漱石全集』(四六判)全28巻別巻1冊 岩波書店,1993〜1999
漱石の「自筆原稿に基づいて本文を一新する」という方針のもとに編集された。この岩波版・新全集について、山下浩「拝啓岩波書店殿」において、この新全集の問題点を鋭く、指摘している。一読を勧めたい。


漱石関連の文献は、戦後以降を対象とする。(◎印は重要)

◎松岡譲『漱石の印税帖』朝日新聞社,1955
三好行雄〔ほか〕編『講座夏目漱石』全5巻 有斐閣,1981
荒正人著,小田切秀雄監修『増補改訂 漱石研究年表』集英社1984
◎矢口進也『漱石全集物語』青英舎,1985
三好行雄編『夏目漱石事典(別冊国文学)』學燈社,1990
◎『漱石作品論集成』13冊 桜楓社,1990‐1991
藤井淑禎編『夏目漱石1(日本文学研究論文集成26)』若草書房,1998
・片岡豊編『夏目漱石2(日本文学研究論文集成27)』若草書房,1998
平岡敏夫〔ほか〕編『夏目漱石事典』勉誠出版,2000
・猪熊雄治編『夏目漱石『こころ』作品論集』クレス出版,2001
小森陽一石原千秋編『漱石研究』全18冊 翰林書房,1993〜2005
江藤淳夏目漱石―決定版』新潮文庫,1979
江藤淳漱石とその時代 第1部』新潮社,1970
江藤淳漱石とその時代 第2部』新潮社,1970
江藤淳漱石とその時代 第3部』新潮社,1993
江藤淳漱石とその時代 第4部』新潮社,1996
江藤淳漱石とその時代 第5部』新潮社,1999
石原千秋『反転する漱石青土社,1997
石原千秋漱石記号学講談社,1999
石原千秋漱石と三人の読者』講談社,2004
石原千秋漱石はどう読まれてきたか』新潮社,2010

漱石はどう読まれてきたか (新潮選書)

漱石はどう読まれてきたか (新潮選書)

石原千秋『「こころ」で読み直す漱石文学』朝日文庫,2013

小森陽一漱石を読みなおす』ちくま新書,1995
小森陽一漱石論――21世紀を生き抜くために』岩波書店,2010

荒正人荒正人著作集 第5巻 小説家夏目漱石の全容』三一書房1984

平岡敏夫漱石序説』塙書房,1976
平岡敏夫漱石研究』有精堂出版,1987
平岡敏夫『「坊つちやん」の世界』塙書房,1992
平岡敏夫漱石 ある佐幕派子女の物語』おうふう,2000
平岡敏夫佐幕派の文学 「漱石の気骨」から詩篇まで』おうふう,2013

内田百間『私の「漱石」と「龍之介』』筑摩書房,1969
桶谷秀昭夏目漱石論』河出書房新社,1972
土居健郎漱石文学における「甘え」の研究』角川書店,1972
熊坂敦子夏目漱石の研究』桜楓社,1973
・梶木剛『夏目漱石論』勁草書房,1976
宮井一郎夏目漱石の恋』筑摩書房,1976
蓮實重彦夏目漱石論』青土社,1978

夏目漱石論 (講談社文芸文庫)

夏目漱石論 (講談社文芸文庫)

中村光夫『≪評論≫漱石と白鳥』筑摩書房,1979
相原和邦漱石文学‐その表現と思想』塙書房,1980
前田愛『都市空間のなかの文学』筑摩書房,1982
・原武哲『夏目漱石と菅虎雄―布衣禅情を楽しむ心友』教育出版センター,1983
大岡昇平『小説家夏目漱石筑摩書房,1988

小説家夏目漱石 (ちくま学芸文庫)

小説家夏目漱石 (ちくま学芸文庫)

・石崎等『漱石の方法』有精堂,1989
◎竹盛天雄『漱石の端諸』筑摩書房.1991
小島信夫漱石を読む』福武書店.1993
島田雅彦漱石を書く』岩波書店, 1993
山下浩『本文の生態学 漱石・鴎外・芥川』日本エディタースクール出版部,1993
小谷野敦夏目漱石を江戸から読む』中央公論新社,1995
小林章夫漱石の「不愉快」』PHP,研究所,1998
・横田庄一郎『「草枕」変奏曲―夏目漱石グレン・グールド』朔北社,1998
丸谷才一『闊歩する漱石講談社,2000
柄谷行人『増補 漱石論集成』平凡社,2001

増補 漱石論集成 (平凡社ライブラリー)

増補 漱石論集成 (平凡社ライブラリー)

吉本隆明夏目漱石を読む』筑摩書房,2002

夏目房之介漱石の孫』実業之日本社,2003
夏目房之介『孫が読む漱石実業之日本社,2006

瀬沼茂樹夏目漱石 新装版』東京大学出版会,2007
・佐藤泰正『これが漱石だ。』櫻之森通信社,2010

水村美苗『續明暗』筑摩書房,1990
水村美苗『日本語で書くということ』筑摩書房,2009

・ダミアン・フラナガン『日本人が知らない夏目漱石世界思想社,2003
・ダミアン・フラナガン著,大野晶子訳『世界文学のスーパースター夏目漱石講談社インターナショナル.2007

◎熊倉千之『漱石のたくらみ―秘められた『明暗』の謎をとく』筑摩書房,2006
◎熊倉千之『漱石の変身―『門』から『道草』への羽ばたき』筑摩書房,2009
・熊倉千之『日本語の深層: 〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』筑摩書房,2011

佐々木英昭漱石先生の暗示』名古屋大学出版会,2009

漱石先生の暗示(サジェスチョン)

漱石先生の暗示(サジェスチョン)

高橋正雄漱石文学が物語るもの』みすず書房,2009
亀井俊介『英文学者 夏目漱石松柏社、2011

英文学者 夏目漱石

英文学者 夏目漱石

・北川扶生子『漱石の文法』水声社,2012
森まゆみ千駄木漱石筑摩書房,2012
・小林千草『「明暗」夫婦の言語力学』東海大学出版会,2012
・野網摩利子『夏目漱石の時間の創出』東京大学出版会,2012

                                                                                                              • -

秦郁彦漱石文学のモデルたち』中央公論新社,2013
・池田美紀子『夏目漱石 眼は識る東西の字』国書刊行会,2013
・中村明『吾輩はユーモアである――漱石の誘笑パレード』岩波書店,2013
・廣木寧『小林秀雄夏目漱石総和社,2013
鳥越碧漱石の妻』講談社文庫,2013
出久根達郎『七つの顔の漱石晶文社,2013

村上一郎岩波茂雄と出版文化 近代日本の教養主義講談社学術文庫,2013

村上一郎は、本書の中で岩波書店が「漱石全集」を独占的に刊行し続けていることについて、いわゆる「岩波文化」を踏まえて、次のように言及している。

漱石のもつもっとも文学的・作家的・悪魔的な側面は、何となく毒気をぬかれ、教養人・漱石、知識人・漱石、解脱人・漱石の匂いだけが、むしろ濃く日本の次代の読書人のあいだに残された事実は、大切であろう。(p57-58)



本書の元版は、村上一郎岩波茂雄―成らざりしカルテと若干の付箋』(砂子屋書房,1979)を、編者の竹内洋が序文を加えて、講談社学術文庫として12月に刊行されたものである。貴重な復刊というべき書物である。