坊っちゃん事典


10月には、『坊っちゃん事典』(勉誠出版)が刊行された。三部構成で、「作中用語篇」「関連項目篇」「コラム篇」になっている。国民文学作家の代表作である、『坊っちゃん』単独の事典というものめずらしいし、いかに漱石ファンが多いかの証明でもある。


『坊っちゃん』事典

『坊っちゃん』事典


一番興味深いのは、「コラム篇」の「研究史1(戦前)」「研究史2(戦後)」「研究史3(平成)」であった。


漱石研究は、近代文学の研究法の歴史と重なる。同時代の印象批評、作家論、作品論、構造主義記号論ポスト構造主義カルチュラル・スタディーズなど。これを大きく捉えれば、作家論、作品論、テクスト論が、研究の中心となった。


つまり『坊っちゃん』は、痛快は勧善徴悪小説から始まり、佐幕派文学、テクスト解釈論等々。



漱石没後100年、生誕150年が、それぞれ、2016年、2017年が近づいている。


漱石に関する事典として、これまで刊行された代表的なものは、


夏目漱石事典

夏目漱石事典


があり、いまだ有効に利用することができるが、漱石関連資料は、逐次増加している。
従って新資料に基づく、新たに大改訂した『夏目漱石事典』が刊行されることが望ましい。

しかし、今『(仮)新漱石事典』を編集・刊行できる出版社はどこだろうか。『漱石全集』を繰り返し出版してきた岩波書店が、責任を持って発行すべきではないだろうか。


漱石の「則天去私」神話の創作(小宮豊隆)と、それを崩壊し新たな神話を捏造した(江藤淳)、以後、漱石とは、○○であるという神話的言説が、数多く流布されることになる。「こころ」論争の時期が近年の盛り上がりだったとすれば、その後の増加し続ける膨大な研究文献は、もはや遡及的に押さえることが困難になりつつある。