夏目漱石周辺人物事典


原武哲編著『夏目漱石周辺人物事典』(笠間書院,2014)が7月末に発売された。漱石に関する文献や事典などは、膨大な数にのぼる。しかし、今回発売された本書は、漱石本人ではなく、文豪の周辺人物に関する、いわば読む事典である。ひとりの作家について、その周辺人物のみで構成される事典というのは、寡聞にして、これまで出会ったことがない。

夏目漱石周辺人物事典

夏目漱石周辺人物事典


本書は、菅虎雄の伝記を中心に書いてきた原武哲氏が責任編者となり、漱石山脈と言われる人々のみならず、より広範囲の人物を採録している。構成は、時代順に、幼少時代、学生時代、熊本時代、留学時代、東大・一高時代、作家時代の七期に区分されている。


漱石研究年表

漱石研究年表


本事典は、荒正人編著『増補改訂 漱石研究年表』(集英社1984)と併用することで、漱石の全貌に接近するための基本資料である、と云えるだろう。138人を収録しており、巻末索引により、いかに多くの人物が漱石に係わっているかを知ることができる。


冒頭から順番に読む事典ではないことは申すまでもあるまい。漱石作品を読んでいて、気になる人名が出てきた時にひもとけば良い。では、記述のスタイルはどうか。基本は年代的記述になっており、漱石との関係は、書簡など様々な資料からの引用によって構成されている。

菅虎雄の記述に新しい展開を期待したのだが、漱石との往復書簡が焼却されている(?)以上、漱石の菅虎雄と関わる松山行きの謎が解明できないままとなっている。


周辺人物事典は、人物としての漱石伝に関わる資料になり得るわけで、資料や事典が追加・更新されることが、漱石像の解明につながることを期待したいのだが、果たしてどうだろうか。漱石論が様々な視点から、大量に言及される現状は、ますます漱石像の拡散と、解釈の無限大化に寄与することになるのではあるまいかと、逆に不安になってしまう。


とはいえ、周辺人物のみで成り立つ事典の存在を認めなければならないだろう。日本近代文学が、漱石研究への傾斜を増幅させており、他の作家・文学者への関心の総体的低下を招きかねないことも指摘しないわけにはいかない。