第85回アカデミー賞作品

この連休になってやっと『リンカーン』を観た。これによって第85回アカデミー賞受賞作をほぼ観終わったので、アメリカ社会を映す鏡として考えると納得できる部分もあるが、?マークがつく作品もあった。その感想を以下に。

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作品賞

プレゼンターに大統領夫人が出てきた瞬間に、共和党大統領であった『リンカーン』はありえないし、『ゼロ・ダーク・サーティ』も残虐な拷問シーンから可能性はないので、『アルゴ』だとすぐに解ってしまう。作品の出来として、イランにおけるアメリカ大使館に残っていた人々の救出劇には、それなりの迫力と時代背景などを巧みに織り込んでいるとは評価できるだろう。しかし、この作品が、作品賞というのはいかにも政治的な意思が働いているとしか思えない。


ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

監督賞:アン・リー

通常は、監督賞と作品賞はリンクするものだが、今回はバラバラといった印象だった。『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』は、きわめて異常な体験を、映像として美しく描いただけ。それ以上でも以下でもない。
映像の美しさと物語の特異さが評価されたのかも知れないが、果たしてこの作品が監督賞にふさわしいのかどうかは、率直にいえば疑問。


リンカーン

主演男優賞:ダニエル・デイ=ルイス

一般的に、共和党は保守、民主党はリベラルというのが、われわれの常識と思っていた。リンカーン共和党の初代大統領であったことは自明として、奴隷制解放は共和党急進派が進めており、民主党奴隷解放反対の立場であったことは、スピルバーグによって知らされた。アメリカ史の歴史的事実に関しての無知は勘弁していただくとしても、この映画でのスピルバーグは、はっきり色分けしており、分かりやすく整理されていた。リンカーン憲法改正に2/3迄残り20票の下院銀議員票を如何に集めるかで苦労していた。2/3というハードルはアメリカでも守られていたし、現在も憲法改正のハードル*1は高い。

オバマ夫人が作品賞授与者として登場した時、偉大な共和党大統領リンカーンを描いた作品は対象外ということなのだろうなどと、考えながら観てしまった。政治的思惑とは別に、ダニエル・デイ=ルイスの演技は特別だった。トミー・リー・ジョーンズが何故急進派だったのか、ラストで分かるところが良い。


世界にひとつのプレイブック

主演女優賞:ジェニファー・ローレンス

平日夜に、シネコンで観たのだが、観客の少なさ(2名だった)に唖然とした。ハリウッド映画は、やれ世界の滅亡だの、地球の危機だの、壮大な嘘の大作が多いなかで、今のアメリカ社会を知るうえで、貴重なドラマであった。病み疲れた、平均的・等身大的アメリカ人を想定することができる。誰もがストレスを抱える社会で、対人関係で相手の出すサインを見逃さないことの大切さ、それに家族の支援という古いモラルが生きている世界こそ、アメリカが失っている現実だ。このような映画こそ、もっと観たいと思う。


ジャンゴ 繋がれざる者

助演男優賞クリストフ・ヴァルツ

タランティーノの西部劇は、黒人差別を告発してる。脚本とクリストフ・ヴァルツ助演男優賞の二部門受賞作品。しかも、マカロニ・ウエスタンへの強いオマージュを感じさせる。タイトルバックから、マカロニ・ウエスタンを感じさせる。いわば、音楽とタイトルから様式としての西部劇に入る趣向だ。

奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)がドイツ系賞金稼ぎのドクター・キング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)に解放され、彼とと共に、サディスティックな農場主カルヴィン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)のもとに立ち向かい、奪われた妻のブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)を救出する物語だが、そこはタランティーノ、いくつもの仕掛けが待ち受けている。面白い、実に面白い。こんな形で西部劇が復活することに異論はない。


レ・ミゼラブル

助演女優賞アン・ハサウェイ

ミュージカル映画は、よほど完成度が高くないと、長時間の視聴に耐えない。『レ・ミゼラブル』というフランス19世紀小説の映画化であり、まず舞台化のヒットを受けての映画だということ。ジャン・ヴァルジャンに扮したヒュー・ジャックマン、悲劇の女性ファンティーヌを演じるアン・ハサウェイが、長い髪を実際にバッサリ切られるという要の役どころ。助演女優賞に相応しい。娘のコゼット役は、アマンダ・サイフリッドで魅惑的な、今どきの女優。
物語全体の長さと、映画の焦点を何処に置くかによって、浩瀚な小説の読みどころを抑える作業でもある。日本では、黒岩涙香翻案『噫無情』によって、ジャン・ヴァルジャンの受難=救済劇劇として知られることになった。小説では、読む時間がない。ジャン・ヴァルジャンのお話は知っていたつもりだが、予想外の感銘を受けた。


以上、第85回アカデミー賞受賞作品をみてきたが、ハリウッド映画は、スケールの巨大化、地球滅亡だの、アメリカ合衆国の危機を救うヒーローが登場し、CGや特殊技術を駆使して、ドラマ性を抑圧したジェットコースター的アクションが主流となっている。その中で、昨年は『ヘルプ』が黒人差別時代の南部を描いていたし、今回の『リンカーン』は黒人奴隷解放憲法の修正条項として法律化した歴史を回顧した。『ジャンゴ 繋がれざる者』は、ドイツ人によって解放された黒人奴隷がガンマンとなる異例の設定だが、奴隷解放の一点は一致する。



いずれにせよ、今年公開されているノンストップCG&SFの地球滅亡劇にはうんざりしている。壮大なスケール映画の作品名はあげるまでもないだろう。
世界にひとつのプレイブック』や『ヘルプ』のようなドラマが観たいのだ。残る外国語賞ミハイル・ハネケ『愛、アムール』は、地方ゆえ未公開。これが一番の期待作。なにしろ、アラン・レネ二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァが現役女優として美しく老いた姿をみせているのだから。

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*1:日本では憲法改正のハードルを2/3から1/2に下げようという動きがあるが、これは邪道であることは申すまでもあるまい。