酔いどれ詩人になるまえに
チャールズ・ブコウスキーの作家以前の生活を描いた、ベント・ハーメル監督『酔いどれ詩人になるまえに』(Factotum, 2005)を観る。ブコウスキー作品ではチナスキー名の主人公をマット・ディロンが演じている。肉体労働者風の体格や風貌はチナスキー=ブコウスキーに成りきっている。
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マット・ディロンは、フランシス・コッポラの青春映画二本『ランブルフィッシュ』(1983)『アウトサイダー』(1983)で、一躍アイドル的スターとなったが、その後低迷し作品にも恵まれなかった。
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『クラッシュ』の警官役で、アカデミー賞助演男優賞の候補となり、本作のブコウスキー役で俳優として、大きく変貌した。底辺に生きる作家志望の本気の生き方、貧乏で転職を繰り返すが、あくまで強気、無頼派ぶりは徹底している。お坊ちゃん無頼派ではなく、生きるための無頼派であり、真剣な酔いどれなのだ。いかつい顔の輪郭はややソフトになっていて、伸ばした頬髯はブコウスキーそのもの、これまで演じたミッキー・ローク(『バーフライ』)や、ベン・ギャザラをはるかに凌駕する卓越した演技になっていることは、賞賛に値する。
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チャールズ・ブコウスキーについては、拙ブログ(2005-01-19)に言及しているので、ここで繰り返すことはやめておこう。映画は原作『勝手に生きろ!』(原題;Factotum)を踏まえ、ひとつの職につくと飲酒のためにクビになる、どんな職についても同じことを反復する。ブコウスキーの生き方そのものが、あまりにストレートに出ている。
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女優の二人がいい。インディペンデント映画の女王リリ・テイラーと演技派マリサ・トメイ、二人の個性はまったく異なるが、リリ・テイラーは鍛え上げた肉体を下着姿でみせるセクシーさと、酒好きのダメ女をいかにもの感覚で観るものを強く惹きつける。マリサ・トメイ*1はややくずれた人生を半ば放棄したような倦怠感をもち、それでいて官能的な女になりきっている。マット・ディロン=ブコウスキーを取り巻く女性として二人の存在感とそれぞれの個性が光っている。メジャー的には容認されないであろうフィルムへの出演は、女優としてのキャリアに付加価値が付くことは間違いない。
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『酔いどれ詩人になるまえに』が出色のフィルムであることは、とりかえしのつかない青春時代をチナスキーが、己の信念に従い思考し行動することの潔さに表出されている。画面からは一見退廃的な雰囲気にみえるけれど、自由の国アメリカの底辺で生きるたくましさを感じさせ、観るものに熱い思いが伝わるのだ。
原作では直接チナスキーに届く短編原稿の採用通知を、ホテルの女管理人が食事をしながらその手紙を盗みみて、平然とポケットにしまうシーンが、この映画のトーンとして見事に収まっていた。
監督ベルト・ハーメルはノルウェー出身で、日本でも公開された『卵の番人』(1995)を撮っている。この映画はマイナーであるが故に、将来カルトムービーとして、希少価値を持つだろう。『酔いどれ詩人になるまえに』は、マット・ディロンの最高傑作となった。できれば、年齢に合わせて『ポスト・オフィス』『詩人と女たち』に主演し、ブコウスキー三部作をつくりあげて欲しいものだ。
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