必死剣鳥刺し


時代劇の復活は、藤沢周平原作、山田洋次監督『たそがれ清兵衛』(2002)から始まった。山田洋次は藤沢時代劇三部作として、『隠し剣鬼の爪』(2004)『武士の一分』(2006)と併せて、時代劇映画復活の嚆矢となった。

たそがれ清兵衛 [DVD]

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その後の時代劇も、原作の多くを藤沢周平に依る作品が多く、黒土三男蝉しぐれ』(2005)、篠原哲雄『山桜』(2008)、中西健二花のあと』(2010)など、いってみれば良質な作品として製作されてきた。藤沢作品に共通する普通の武士たちの生活やその家族など、つつましく生きる下級武士階級が中心に描かれていた。

花のあと [DVD]

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上記の藤沢作品に共通しているのは、主人公は清貧な生活をしているが、凡庸さの中に光る一点、すなわち剣の達人であることが特徴としてあった。とりわけ、日常の所作、畳の上の正座、襖や障子の開閉や立ち居振る舞いに、様式化された動作の凛とした美しさがあった。『花のあと』の北川景子の端正な所作は際立っていた。ドラマの終結部での救いや爽快感があった。


薄桜記 [DVD]

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平山秀幸監督、豊川悦史主演『必死剣鳥刺し』(2010)は、過去の大映時代劇、市川雷蔵主演の『薄桜記』(1959)や『斬る』(1962)『剣鬼』(1965)にあった凄絶さが描かれ、静から動への見事な達成がある傑出した作品に仕上がっている。久々に時代劇の醍醐味を味わうことができたのだった。

斬る [DVD]

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藤沢周平作品はほぼ読了しているので、いわば既視感に捉われるのだが、『必死剣鳥刺し』の場合は、雷蔵大映作品を想起させる緊迫した雰囲気を持っている。この既視感は二重のものとなり、ラストで爆発する殺陣の迫力と悲哀において、正統派時代劇の一篇に結実しているのだった。


十三人の刺客 [DVD]

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かつての東映時代劇はテレビ時代劇に受け継がれている。勧善懲悪がパタンーン化されたもので、楽天的で気分爽快にさせてくれるが、ドラマに深みがない。東映時代劇では、その末期に集団時代劇として量産された中から、工藤栄一十三人の刺客』(1965)を再上映で観て圧倒された。この作品は、現在三池崇史によって、リメイクされているらしい。時代劇復活には、わくわくさせるものがある。


七人の侍 [Blu-ray]

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ハリウッド映画の西部劇に相当する時代劇は、黒澤明七人の侍』(1954)『隠し砦の三悪人』(1958)『用心棒』(1961)『椿三十郎』(1962)などの代表作があり、最近も四方田犬彦『「七人の侍」と現代』(岩波新書、2010)が書かれており、黒澤論として別格に論じるテーマである。


『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)

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時代劇の連想から黒澤明に至ってしまったが、ジャンル映画としての時代劇の復活は慶賀すべきことだろう。様々なスタイルがある、時代劇の正統派の定義は難しいけれど、様式美と描かれる時代背景の復元や、殺陣の工夫などで、新しい作品の可能性を持っている。くしくも、NHK大型ドラマで『龍馬伝』が主演・福山雅治の人物造型と相俟って人気が出ているようだ。『龍馬伝』も一種リアリズム的な時代劇で、これまでの陰影のない平板なテレビドラマとは一線を画している。


新装版 隠し剣秋風抄 (文春文庫)

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閑話休題。何故今回、時代劇映画をとりあげたか。いわゆるジャンル映画の一つとして、その可能性に触れたいとの意図があった。しかしながら、書いているうちに、あちらこちらへへ話題が移り、肝心の『必死剣鳥刺し』に言及していなかった。豊川悦司と亡妻役・戸田菜穂との関係が基本軸としてあり、妻の死によって生きる意志を失くした男が、藩主に取り入り政治を歪める悪妾・関めぐみを殺すことによって、切腹を賜る覚悟だった。それが、意思に反して、閉門1年という軽い刑罰に収めたのは、実は中老・岸部一徳であり、いずれ藩のために必要な剣の使い手として温存されていたことがわかる。海坂藩といういつもの藤沢周平の世界にあって、本作は例外的に悲壮感をもつが、それも姪・池脇千鶴との関係による救いが用意されている。

あっ晴れ時代劇!というところ。

隠し剣 鬼の爪 特別版 [DVD]

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武士の一分 [DVD]

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蝉しぐれ (文春文庫)

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山桜(通常版) [DVD]

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