本ーその歴史と未来


デイヴィッド・ピアソン著、原田範之訳『本ーその歴史と未来』(ミュージアム図書、2011)は、デジタル化が加速する図書について、歴史的な来歴を多数の図版で示しながら、テキストの可読性からのみでなく、モノとしての本の重要性を説得的に解説している優れた内容であった。


本―その歴史と未来

本―その歴史と未来


まず著者は次のように冒頭の「歴史の中の本」で述べている。

書物は、その一冊一冊が、文化的な遺産の一部として実に個性的なモノとしての輝きを放っており、そこに込められた豊かな意味合いは、今後、保存し解釈されるべき大きな価値を有しているのだ。(25頁)

続く「本はテキストを越えて」の章では、

書物の形態は、どのような意味で重要なのか?テクストの言葉を越えて、書物は何をもたらし、またその形態やデザインの特徴は、書物全体のインパクトとどう関ってくるのか?モノとしての書物と、テクストとしての書物、そのどこに境界線を引けばよいのか?(27頁)

と問いながら、

テクストの意味と解釈は決して絶対的なものではなく、そのテクストを読む読者がある限り、次から次へと新しくなっていく。その際、いわば意味を生み出す思考の枠組みには、活字の組み方、割り付け、形態など、言葉を取り巻くあらゆるものが関っているのだ。(34頁)


ハーヴァード大学の総合図書館長ロバート・ダーントンが『書物考』*1の第3章において、的確に指摘している問題点は、世界中の情報の入り口が、図書館網という公的に所有されたネットワークから、商業的な組織へ移行してしまうということだ。これはきわめて本質的な変化であり、それがもたらし得るさまざまな結果に思いを及ぼすとき、どうしてもはっとして立ちどまらざるをえない、と彼はいう。

もう少し違った、もっと公共的なやり方があったのではないか、というダーントンの悔いには、ある時代の図書館関係者が、旧来の収書方法とは別のやり方を模索しようとしなかったことの過ちが示されている。図書館関係者は、問題点を政治的・財政的観点から説明しようとするけれども、結局、結果はグーグルの勝ち、図書館の負け、ではないのか。(182頁)

変化の著しいこの時代にあって、ある書物が保存に値するか否かを決めるのに役立つ基準とは、どんなものであろうか?その書物自体に興味深い特徴がどの程度まであるか、ということと、いかなる代用品や複製にあっても決して置き換えられないような特質を持っていることは、まず最も重要な点であろう。印刷本とは本来、アーカイブとは違って、一冊一冊の個性を競うものとして作りだされたものではない。同じ本を何冊も作ること、これはまさにグーテンベルクの印刷術発明の根本思想でもあった。・・・(中略)・・・
一冊の書物の価値を判断するにあたっては、中味のテクストだけでなく、調査研究の題材になるような実に多くの他の点にも焦点をあててみる必要があるのだ。(182−183頁)

テクストの是非を越えた書物の重要性に関して意識を高めること、これは現在の人々の書物に対する見方を広げるというだけでなく、将来において決定を誤らないようにさまざまな文化的価値の基盤を確立させるという意味において、きわめて重要である。書物は歴史であるというとき、それは風変わりで廃れたということでは決してなく、文化遺産としてきわめて個性的なモノにほかならない、という意味においてなのである。(183頁)


以上、ほとんどが著者の引用になってしまったが、本書に収録されている多数の図版から、モノとしての書物が、読むテキストの前提として保存されてきたことの重要性を知らされた。デジタル・アーカイブが、モノとしての書物の代替たり得ないし、インフラの崩壊がデジタル環境を無に帰してしまうことを、ネット社会の利便さを享受している私たちは、心得ておくべきだろう。


【追記】
著者デイヴィッド・ピアソンが言及している、ロバート・ダーントンとは、あの歴史的名著『猫の大虐殺』(岩波現代文庫,2007)などの著作で知られている。

猫の大虐殺 (岩波現代文庫)

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禁じられたベストセラー―革命前のフランス人は何を読んでいたか

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The Case for Books: Past, Present, and Future

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*1:Robert Darnton "The Case for Books- Past,present,and future"(2009)
"The Fiture of libraries"