街場の大学論
内田樹『街場の大学論』(角川文庫、2010)は、2007年刊行『狼少年のパラドックス』の文庫版だが、そして著者も「文庫版あとがき」で「自己評価」を推進したことを反省している。
- 作者: 内田樹
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2010/12/25
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システムを導入して一年で気がついたという。それは、「評価コスト」を過少評価していたこと、もうひとつは教員を「給料分働かせる」ためのシステムは「給料以上のオーバーチーブをしている教員たち」の活動を少しも支援せず、むしろ、妨害すること、の二点をあげている。
つまり「経営改善に要するコスト」は、「経営改善がもたらすベネフィット」を超えてはいけない、ということ。内田氏の指摘は、大学に限らず教育業界全体に当てはまることだろう。
文庫版増補の文科省職員・杉野氏との対話に、キャリア教育や学生の就職活動に関して次のように言及されている。とりわけ、現在の就職活動について卓見が披歴されている。
内田:今の就職活動は完全に大学教育を蚕食しています。・・・(中略)・・・
企業が学生を集められるだけ集めて、どんどん落としていくという大変手荒な雇用戦略を採っている。学生たちは圧迫面接を何回も受けたあげくに、理由も告げられずに落とされる。そんな経験を繰り返していくうちに、日本の学生たちがどれくらい精神的に壊されているか、想像を絶していますよ。十年、二十年残るトラウマ的な経験をこの時期に集団的にしている。
杉野:そうでしょうね。
内田:当今の企業の雇用戦略はひどいものです。一人採りたいのに、応募者が百人来たから、九十九人落とす。企業の方にしてみたら、簡単な算術でしょうけれど、落とすにしても落とし方があるだろうっていう気がするんです。落とされた若者たちの心の傷について採用側はまったく責任を感じていない。若者たちの社会性を高めること、彼らを知性的にも情緒的にも安定した成熟した市民に育て上げることは、全社会的な責任だと僕は思うんですけれど、企業の人事採用担当者たちはむしろ組織的に若者たちを壊して回っている。そのことに快感を覚えているのではないかと思うほどです。(p290-291)
若者の育成についての企業側の問題点を鋭く指摘している。
内田:いま、雇用戦略については、新卒一括採用が大きな問題になっています。優秀な人間を狩り集めたいだけ、そこには身銭を切って人を育てるという発想が欠如している。いまの段階ではこのハードルをクリアした人だけ入ってこい。入ったら今度はさらにハードルを上げる。そんなふうにじりじりとハードルを上げてゆく。入社して一年で新入社員の九割の人が辞めてしまう。その残った一割をコアメンバーにして、また次の年に大量採用する。これって「使い捨て」の発想なんです。人をモノとしか思っていない。「いくらでも換えがあるんだ」と思っている。仕事のできない若者をじっくり五年、十年かけて一人前に育てるという育成戦略を持っている企業は少数でしょう。そんなコストをかけずに出来合いの完成品を買おうとする。(p301)
内田:・・・若い人たちは僕たちの社会全体のいわば「宝もの」なんですから、大人たちが手をかけて育成しなくちゃいけない。公共の福利をきちんと配慮できる、成熟した市民を育てることが大人たち全員の基本的責務なんです。それを何ですか。いまの日本の財界や産業界には、自分たちの手でしっかりした市民を育てなければならないという気なんか全然ない。
杉野:・・・それでもかつては「大学がよい素材さえ提供してくれたら、あとはうちの会社で育ててみせる」みたいな気概は感じられた・・・(p302)
実にあたりまえのことを言っているが、今の時代、景気が悪いからなどの理由で、少なくとも人材の育成という点で、多くの企業は、社内教育システムを崩壊しているのではないか、と思わせる。
大学の教育の基礎としての「リベラルアーツ」についての内田氏の持論。
内田:リベラルアーツというのは、・・・自己教育・自己陶冶のベースを作るものということでいいかなと思います。自己教育・自己陶冶はエンドレスです。終わりがない。大学を卒業しても自己教育は死ぬまで続きます。リベラルアーツというのは、その自己教育の起点を作るための教育というふうに考えていけばいい
・・・教育の基本は「自学自習」なんですからね。学校でできるのは、「自学自習するきっかけ」を提供することだけです。自分をより知性的たらしめよう、倫理的な人間になりたいという決意以外のもので、人を強制的に知性的にしたり、倫理的にしたりすることはできません。大学で教えるのは、自分自身を上空から鳥瞰できるような視座に立つ力、それだけで十分だろうと僕は思います。知的開放性とはこういうものだということを自分の身体を通じて実感してもらえれば、あとは自分でいくらでも学ぶことができる。そういう自己解放のきっかっけを準備するのが大学の社会的機能だろうと僕は思います。(p332-333)
内田樹の「街場シリーズ」は、有用であり、特に大学論や教育論には現場の「教育者」という立場から、説得性が高い。『街場の大学論』は、『狼少年のパラドックス』の文庫版だが、増補されている「第11章大学教育の未来」から多く引用させていただいた。
『街場の大学論』は、『街場の企業内人材育成論』でもある。人の人格を破壊するのではなく、公共的な市民になる人材として育成するのが、企業の大きな役割でもある。採用内定率が低迷する現状の採用方法について、徹底して再考して欲しいと願う。
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