みずず2008年読書アンケート


恒例の『みすず』2009年1・2月号「2008年読書アンケート」を通読。例年であれば、獲得票で確認しているが、2009年の場合、突出して選出されているのが少なく、水村美苗さんと内村剛介氏を4人が取り上げていることに言及しておく。


日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で


4人が選出しているのが、水村美苗日本語が亡びるとき』(筑摩書房、2008)。


栩木伸明(アイルランド文学)

この本の読ませどころどころは内容だけではない。日本語の文体そのものが均整美をたたえている。明晰な論理と例証を積み重ねていく散文のレトリックに、著者の主張が体現されているからだ。(p.12)


宮下志朗(フランス文学)

みずからの言語・文学的経験に深く根ざしたエッセイ。わたしはルネサンス研究者なので、ラテン語と世俗語のせめぎあいのなかから生まれたさまざまの作品や、その作者の言語・文学的な生きざまに思いを馳せた。「パリでの話」は現場に居合わせたこともあって、とても懐かしかった。(p.15-16)


村上由見子(著述家・大学講師)

冒頭のアメリカの大学に集まった世界二十数カ国からの作家たちが印象的。それぞれの母国語で書いている人たちがこれほどまでにいる。片や、世界各地の言葉が急速に亡びている現実の恐ろしさ、英語という流通語が「暴政をふるう」悲しさ・・・。(p.41)


大竹昭子(文筆業)

疑問符をつけたい部分はあるものの、日本語やヨーロッパ語の成り立ちを、翻訳という概念を通して解き明かしたことは示唆に富んで、刺激的だった。(p.58)


水村美苗日本語が亡びるとき』は、『ユリイカ』2009年2月号で特集されている。




次いで、3人が選出しているのが、陶山幾朗編集・構成『内村剛介ロングインタービュー』(恵雅堂出版、2008)であった。



内村剛介ロングインタビュー―生き急ぎ、感じせくー私の二十世紀

内村剛介ロングインタビュー―生き急ぎ、感じせくー私の二十世紀


安部日奈子(詩人)

粛正をコミュニズムの宿命と断じた『生き急ぐ』も衝撃的だった。一九九七年から始められたインタビューは、七年半の長きにわたっている。玉音放送を聴き、アウステルリッツの戦場で抜けるような空を見上げて横たわる瀕死のアンドレイを想った内村剛介。(p.24-25)


野崎昭弘(数学)

ロシアのことが本当にわかっている人の談話。(p.74)


大室幹雄(歴史人類学)

伝記というには生々しすぎる。一人の日本知識人の思念(内村の語彙)のみごとな再現である。後世、the happy few が再生したとして、彼らがこの本や内村氏の著書を読むことがあるかも知れないと想像すると、眼だけは宙づりにして置きたいと私は痛切に思う。(p.87)


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成田龍一歴史学)が、『内村剛介著作集 第一巻』(恵雅堂出版、2008)を取り上げている。これで内村氏への言及が四人。

シベリア抑留の体験を核につむぎだされた内村さんの思索の軌跡が刊行され始めた。第一巻には、そのシベリア体験を含む思想的な歩みを綴る文章が収められる。編集と解題も行き届いている。(p.90)


内村剛介氏の訃報は、1月31日の朝日新聞朝刊で知った。戦後知識人がまた一人去った。ご冥福を祈りたい。このアンケートの回答時期は、内村氏の病状など知らされていないはず。『みすず』で四人が取り上げていることの意義は大きい。


他には、石原千秋氏が、松宮秀治『芸術崇拝の思想』(白水社、2008)を取り上げていたのが印象に残った。


芸術崇拝の思想―政教分離とヨーロッパの新しい神

芸術崇拝の思想―政教分離とヨーロッパの新しい神