小津ごのみ


中野翠『小津ごのみ』(筑摩書房、2008.2)は、『ちくま』連載中から気になっていた。いずれ一冊の本になることを待つことにした。小津安二郎について何かを書いておきたいという願望は、小津ファンなら誰もが考えることだ。しかし、こと小津に関しては夥しい小津論が書かれている。これ以上、屋上屋を重ねるほどの内容が書けるのだろうか。


小津ごのみ

小津ごのみ


小津映画をどの切り口から読むのか。中野翠は、まずファッションや小物から見て行く。女優たちが着る着物の柄や帯、男たちの服装から小津のダンディズムを読み取る。


紀子や周吉など、名前のこだわり。台詞の持つ意味深さ。「人間生活の歴史の順序」が笠智衆によって語られること等々。


小津安二郎先生の思い出 (朝日文庫 り 2-2)

小津安二郎先生の思い出 (朝日文庫 り 2-2)


中野翠が小津を語るときは、とても幸福そうにみえる。小津映画がもつリズムの心地よさ。小津映画について様々な人々が、時には映画評論家、文学者、学者、文芸詳論家等々、錚々たる人たちが、小津を語る。誰もが小津について何かを語る。


完本 小津安二郎の芸術 (朝日文庫)

完本 小津安二郎の芸術 (朝日文庫)


しかしはて何をと思うと、ローアングルだの、交錯しない視線だの、台詞の棒読みだの、道具が本物であることだの、何かを語ると、たちまち紋切り型に陥ってしまう。


いつかは、小津安二郎について書きたい。がしかし、それは今ではない。その時ではない。紋切り型に徹して反復する、あるいは斬新な切り口から読む、それ以外は凡庸な内容にしかなるまい。


小津安二郎 DVD-BOX 第四集

小津安二郎 DVD-BOX 第四集


小津の戦後作品はすべて見ているが、戦前サイレント作品は未見のフィルムが多い。中野翠『小津ごのみ』によれば、戦前のモダンボーイぶりが、小津作品の原点になっているようでもある。『晩春』以後の小津的世界に理想の、しかし現実にはありえないきわめて人工的・作為的な家族が、繰り返し観ることを要請するほど魅力があることは確かだ。小津安二郎は謎そのものである。


監督 小津安二郎

監督 小津安二郎


中野翠さんの小津論は、蓮實重彦『監督 小津安二郎』(筑摩書房,2003.10)に対置すると、映画の見方、切り口の差異が興味をかきたてる。換言すれば、刺激的な書物だ。


小津安二郎物語 (リュミエール叢書)

小津安二郎物語 (リュミエール叢書)



小津を語ることの難しさ。中野翠『小津ごのみ』を半ば楽しみながら、半ばうーんそれはどうかな、などと思いながらも、本書は女性ならではの視点による新鮮味のある小津論になっている。一読の価値あり。


小津安二郎の反映画

小津安二郎の反映画