超越意識の探求


コリン・ウィルソンといえば何をおいても『アウトサイダー』(紀伊国屋書店、1957)であろう。その後、オカルトだの神秘主義だの多数の著作が書かれたが、アウトサイダーサークル以外では『賢者の石』(東京創元社、1971)しか読んでいない。


アウトサイダー (集英社文庫)

アウトサイダー (集英社文庫)

賢者の石 (創元推理文庫 641-1)

賢者の石 (創元推理文庫 641-1)


たまたま立ち寄った書店でコリン・ウィルソンの新著『超越意識の探求』(学習研究社、2007.11)翻訳本を発見、しばし逡巡したのち購入したが、読み始めると2日で読了した。


超越意識の探求―自己実現のための意識獲得法

超越意識の探求―自己実現のための意識獲得法


様々な作品に書かれたテクストから、「至高体験」=「超越意識」の体験が語られ、20世紀の不条理文学カフカカミュベケットの作品群は否定される。とくにベケットは、『ゴドーを待ちながら』を唯一の傑作としながらも、悲観論者としてその他の作品やベケットの人生までもが全否定*1される。


ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)


コリン・ウィルソンのいう「至高体験」=「超越意識」は、背後に知識があるという前提で反復される経験であり、いわゆる禅的な悟りの境地とは明らかに異なる。作品を引用しながらも、きわめて個人的な体験を述べている。その意味では、著者が『アウトサイダー』から、探求してきた「自己意識の拡大」が、肯定的な「超越意識」に至る過程そのものであった。


アトランティスの暗号―10万年前の失われた叡智を求めて

アトランティスの暗号―10万年前の失われた叡智を求めて


アウトサーダーもの以外では、オカルト、犯罪関係、SF,小説等、執筆範囲は広範多岐にわたるが、コリン・ウィルソンの基本的な姿勢はぶれていない。凡庸な日常、ネガティブな思考法からの脱出であり、実存主義や不条理など、20世紀のネガティヴな思考法を揚棄し、いかにポジティヴに思考し生きるかを探求する姿勢である。

私の見解では、われわれが霊的に健康な状態にある時、いわば高いレヴェルの重要な目的意識を持って自由を行使している時、好ましいシンクロニティが起こりやすい。このことはつまり、陰気や抑鬱は危険な精神状態であるということだ。私がベケットのような悲観論者を強く批判するのもそのためである。・・・カミュの『異邦人』とカフカの『変身』の教訓は、もしもすべての努力をやめてしまえば、運命がこの霊的守備力の低下に乗じて、あなたの頭を強打する、ということだ。(p.210)


コリン・ウィルソンの志向性を一般化することにあまり意味がない。コリン・ウィルソンは、自身の個人史=思想史にかかわる記述が多いので、参照しそれを読者自身の思考法とするには普遍性があるとは言えない。あまりにも、個人的な問題意識によって統御されているからだ。


至高体験―自己実現のための心理学 (河出文庫)

至高体験―自己実現のための心理学 (河出文庫)


至高体験」を得ることは、背後に膨大な知識が必要なわけで、日常的な無から「至高体験」は得られない。ここを押さえておけば、本書は読み応えがあるといえるだろう。ただし、コリン・ウィルソンが引用したり言及している思想家・哲学者・文学者などは、自分の眼で確認することは大切なことである。言及するに値する人物は、肯定するにせよ、否定するにせよ、しかるべき内容を持つ人物・作品であるからだ。


ここで肝心な点に触れるならば、コリン・ウィルソンが否定する作家・芸術家・哲学者たちの作品については、読者なりの判断が求められるということだ。作品や人物への導きとして役立つし、読者の興味に従い読むことで判断すべき価値相対性がある。とりわけ、芸術作品としてネガティヴな評価を与えられたベケットカフカなどは、要注意だ。なぜなら、芸術作品を生み出すエネルギーとは、コリン・ウィルソンが言うように必ずしもポジティヴなものでばかりではないからだ。負のエネルギーが、芸術的な孤高性(高い価値)を現している場合がしばしば起こり得るのだ。


最終章は、もはや著者の思い入れの吐露以外の何者でもないし、トンデモ本の変種かも知れない。しかし、本書の効用は、「至高体験」を求める人にとって有用であろう。読者の必要性にしたがって、「超越知識」へのレベルを上げて行けばいい。それは読者の問題になる。ともあれ、本書は一気に読ませる迫力があることは確かだ。

幸福でワクワクしている時には・・・われわれのワクワク感は波動を引き起こし、それが蜘蛛の巣に広がるらしい。これによってもっと遠くのリアリティと繋がっているという感覚が得られる。大いなる悟りの瞬間には、神秘家は宇宙の森羅万象が目に見えない糸でわれわれと繋がっていると感じる。(p.69)


私も気分が落ち込むときは、コリン・ウィルソンのように意識を集中させてワクワク感を獲得してみよう。


コリン・ウィルソンのすべて〈上〉―自伝

コリン・ウィルソンのすべて〈上〉―自伝

コリン・ウィルソンのすべて 下

コリン・ウィルソンのすべて 下

*1:カフカカミュベケットがいない20世紀文学など考えられない。ウィルソン氏が全否定しようが、文学的な存在価値は計り知れないだろう。文学作品がテクストとして彼ら個人を超えているのだ。コリン・ウィルソンの作品として何が後世に残るだろうか。衝撃的な『アウトサイダー』より、私は『賢者の石』がテクストとして生き延びると思うのだが。