書簡文学論
小島信夫の『小説の楽しみ』『書簡文学論』(水声社、2007)読了。『小説の楽しみ』を読むと、小島信夫は小説の可能性についていつも考えていたことがよく分かる。「小説」とは論理的・合理的に説明できればいいというものではない。小島信夫は繰り返し「小説」の在り方を巡って自問している。
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シェイクスピア『ハムレット』とセルバンテス『ドン・キホーテ』こそ、400年を超えて現在にも通じるものと小島氏は言う。
小説をいくら知的に分析しても、あるいは教養的に分析しても、いくら聡明さをもってしても、小説の一番中心となる良さは分からない。(p.115『小説の楽しみ』)
チェーホフからカフカ・ベケット・ドストエフスキーの作品分析を通じて、極論すれば、『ハムレット』と『ドン・キホーテ』、つまりシェイクスピアとセルバンテスを超えるものではないと、そのように聴こえてくる。
文学の深さを思い知らされるわけだ。昨今さかんにメタレベルという表現があるけれど、シェイクスピアやセルバンテスは400年前に実践していた。現代文学に新しさなどない(?)。
そうかもしれない。小島信夫は深いところで「小説=文学」を考えていた。作品=テクスト分析などというが、100年先にそのテクスト批評が残っているだろうか?おそらく、否であろう。恐るべきことだ。
さて、『書簡文学論』であるが、小説のなかに書簡が引用されたり、書簡のみで成立している小説などについて、いかにも楽しそうに言及されているところが、小島信夫らしい。
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とりわけ、小説のなかに不意に「手紙」が登場することの新鮮さを、
それはたぶん、その小説の水平面にはあらわれていない部分であり、その小説の中の人物も作家も、口にしなかった部分であり、彼ら自身も気づかなかったのかも知れないと思わせるような部分に属するのかもしれない。(p.108『書簡文学論』)
と述べる。なるほど、書簡集や小説の書簡について、ドストエフスキー『貧しき人々』、カフカの『フェリーチェへの手紙』、チェホフ『妻への手紙』などに触れながら、著者自身の小説『女流』『菅野満子の手紙』に至り、作品の解読というより『書簡文学論』がテクストそのものになっていることに驚くのだ。
それは、『小説の楽しみ』にも言えることで、この傾向は『私の作家遍歴』三部作以降、共通するスタイルだ。小島信夫の場合、小説も評論も同じであると高橋源一郎が指摘していたが、まさしく、小島氏の他界後出版されたこの二冊にもいえることだ。著者の思考の痕跡が作品に唐突に現れる。油断できないところが面白い。
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