ガラスのような幸福


高山宏『ガラスのような幸福』(五柳書院、1994)は、著者本人が一番気に入っている本というだけあって、物に即して、近代とはどのようなものであるかを語る実に刺激に富んだ書物になっている。しかしながら、2007年の現在から見ると7年前の著作であり、その後最新作『超人 高山宏のつくりかた』(NTT出版、2007)が、24作目となり、『ガラスのような幸福』は12作目で中仕切りの著作となる。


ガラスのような幸福―即物近代史序説 (五柳叢書)

ガラスのような幸福―即物近代史序説 (五柳叢書)


実際、『ガラスのような幸福』の冒頭の「リコネクションズ」は読書的自叙伝になっており、その続編が『超人 高山宏のつくりかた』にほかならない。


超人高山宏のつくりかた (NTT出版ライブラリーレゾナント)

超人高山宏のつくりかた (NTT出版ライブラリーレゾナント)


『超人 高山宏のつくりかた』のなかで、著者自身が『ガラスのような幸福』を「一番好きな本」と述べているくらいであり、本書に出てくる思考法は、最新作でいえば『表象の芸術工学』(2002)や『近代文化史入門』(2007)で展開される表象としての図像と言葉の結合が見事に展開されている。


表象の芸術工学 (神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ)

表象の芸術工学 (神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ)

近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)

近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)



著作(図書)とは別に、NDL-OPAC、NIIのCiNiiおよびWeb-Magazineplus*1から高山宏の著作目録(論文・エッセイ)を作成してみた。単行本収録の有無にかかわらず、雑誌に発表された論文は、170点余りとなった。収録雑誌が一般誌と学術系に限定されているので、漏れた論文を含めると200点は超えるはずだ。


管見によれば、都立大学『人文学報』124号(1977)に掲載した「蛇と車輪<トリストラム・シャンディ>の紋章学」を嚆矢として、その後の高山氏の世界を彷彿させるタイトルが並ぶ。曰く、「殺す・集める・読むーシャーロック・ホームズの世紀末」(1980)「庭の畸形学」(1985)、「黒に染めるー同時代世界演劇のなかの南北」(1986)、「ピクチャレスク事始め」(1986)等々。


殺す・集める・読む―推理小説特殊講義 (創元ライブラリ)

殺す・集める・読む―推理小説特殊講義 (創元ライブラリ)

新編 黒に染める―本朝ピクチャレスク事始め

新編 黒に染める―本朝ピクチャレスク事始め


高山宏の著作目録(図書)については、「ウィキペディア」で「高山宏著作目録」を確認することができる。著書の場合は、論文を集めたものと、いわゆる「書下ろし」があるが、論文目録を時系列で見ることで思索過程をたどることができる。


高山宏の図書および論文目録から、ほぼ著者の全貌がみえてきた。『ガラスのような幸福』は、めずらしく図像が出ない文字による著述だが、「鍵」「かつら」「テーブル」「スポーツ」「絵画」「デパート」「旅」などのキーワードに沿って近代を捉えている。高山氏にとっての「近代」とは、17・18世紀から19世紀末までの300年を対象としていて、とりわけ19世紀末には、その後の映像化・情報化社会の原型が全て出ている。ということは、とりもなおさず、21世紀の行方をも見据える方法が示されていることになる。



『表象の芸術工学』では、高山氏のライヴ・パフォーマンスによって、氏の叡智が言葉による表象として、読む者にとって魅力全開となる。また、図版や関連文献の一覧も付されているので、高山氏の全貌を知るためにも、『ガラスのような幸福』とともに、すぐれて入門書的な著書になっている。


高山氏の問題は、私的には「近代」なのであり、「近代」を揚棄するために近代の形成過程を探求してきた。高山氏の集大成が、今秋出版される『新人文感覚』二冊にまとめられるだろう。同時に翻訳の計画だけでも100冊近くあり、なかではパスコウ『ピーター・グリーナウェイ』の翻訳に期待をしている。


人文科学の脱領域、すなわち新人文諸科学の課題は、高山氏のみならず、細分化されすぎた学問領域を、一度再統合しなければならない、と感じている人は多いはずだ。


エクスタシー (高山宏椀飯振舞 (1))

エクスタシー (高山宏椀飯振舞 (1))

*1:NII のCiNiiは、もちろん文献調査ツールだが、NDL「雑誌記事索引」を典拠としているので、「記事索引」以外を収録しているWeb-Magazineplusが、漏れが一番少ない。念のために付言すると、NDLは「国立国会図書館」、NIIは「国立情報学研究所」の略であり、Web-Magazineplusは日外アソシエーツが作成している商用データベース。