高山宏の翻訳書は歴史に残る快挙、更に『ガリヴァー旅行記』が一冊加わる。
アリスに驚け
高山宏『アリスに驚け アリス狩りⅥ』(青土社,2020)が、 発売予告から10年以上の時を経て刊行された。
目次の構成は次のとおり。
第1部 アリスに驚け
第2部
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メルヴィル・メルヴェイユ 柴田元幸讃
意外にして偉大な学恩 沼野充義讃
ボルヘスと私、と野谷先生
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一九二六年のトランク 『ファンタスティック・ビースト』と『ハリー・ポッター』
「このわたしは人間の内部に」 一九二〇年代に起きたこと
ExtraEditiorial E・A・ポーのメディア詩学
平賀張り、英訳すればSwiftly 個人完訳『ガリヴァー旅行記』解題
遊行する機械 やなぎみわのステージトレーリング計画
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マニエリスム、または「揉め事の嵐」 橋本治 青空人生相談について
「古くさいぞ私は」で始まると、マニエリスムになる 坪内祐三氏追善
ひろしは あなをキャッツアイ 和田誠画伯追悼
キャッツアイ 美猫「海ちゃん」追善
エピローグ
ヴンダーシュランクに書店の未来
跋 高山宏を誤[護]読(misreading)する 後藤護
『アリス狩り』シリーズには、いつも著者自身の「あとがき」がある*1のだが、本書には「跋 高山宏を誤[護]読(misreading)する」と題して、弟子の後藤護が執筆している。
冒頭に置かれた「アリスに驚け」は、書き下ろしになっているが、本文中「2007年現在」の表記があり、跋文にも、後藤護が原稿を一旦預かり、出版状況が整ったので高山師匠に返却した旨が記されている。
いずれにせよ、『アリス』冒頭部分に関する著者の関心を補強する、資料一覧の趣が大きく、高山宏は翻訳者として記憶されることになりそうだ。
アリスは土手の上でお姉さんと並んですわったまま、何もすることがないので、あきあきし始めていました。一度二度、お姉さんの読んでいる本をのぞきこんだのですが、挿絵もなければ会話もないものですから、「絵も会話もない本なんて何になるの」と、アリスは思いました。(『不思議の国のアリス』冒頭)
この冒頭シーンを巡り、高山宏は膨大な参考文献や関連文献を援用しながら、『アリス』に言及して行くわけだが、いってみればいつもの博識ぶりを披瀝している。
極論すれば、高山宏の論考は、マニエリスムとピクチャレスクに収斂する。そのための参考文献の列挙であり、英語文献はほとんど高山宏訳によるものだ。
高山宏翻訳・参考文献の一覧は以下のとおり。
エリザベス・シューエル『ノンセンスの領域』
ウィリアム・ウィルフォード『道化と笏杖』
ユルギス・バルトルシャイティス『アナモルフォーズ』
ポール・バロウスキー 『とめどなく笑う』
リン・バーバー 『博物学の黄金時代』
バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』、『グッド・ルッキング』『ヴィジュアル・アナロジー』『ボディ・クリティシズム』『実体への旅』
マリオ・プラーツ『ムネモシュネ』
サイモン・シャーマ『レンブラントの目』
ロザリー・L・コリー『パラドクシア・エピデミカ』
マーティン・ガードナー『詳注アリス』
翻訳書全体から見れば、その一部ではあるけれど、全て高山宏訳によるものである。
高山宏以外の翻訳などの一覧は以下のとおり。
松岡正剛編『情報の歴史』
M マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』
フィリップ・アリエス『<こども>の誕生』
グスタフ・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム』『迷宮としての世界』
M・フーコー『言葉と物』
上記ほかの書物が引用あるいは援用されるのは申すまでもない。
本書の中では、大論考や小文、エッセイ、追悼文に至るまで、どの文にも「マニエリスム」なる言葉が現れる。
橋本治への追悼文「マニエリスム、または「揉め事の嵐」-橋本治 青空人生相談」は、橋本治が人生相談をした内容から、手紙のやり取りを、民衆的歴史からみればフランス革命にたどり着く。橋本治の人生相談をとりあげて、マニエリスムに結合させる錬金術はいかにも高山ワールドに収まる。
坪内祐三氏追悼と題された「古くさいぞ、私は」で始まると、「マニエリスム」になる」はもはや、強引、牽強付会にほかなるまい。まあ、編集者からの注文ではあるが。
さて、その翻訳の終了宣言を『トランスレーティッド』の「訳魔しまい口上」にて、宣言している。翻訳者として、おそらく最後の仕事となるのは『ガリヴァー旅行記』(研究社,2020)出版予定になるようだ。後書きが先行して「平賀張り、英訳すればSwiftlyー個人完訳『ガリヴァー旅行記』解題」と題して、本書に収録されている。2020年内に刊行されることを期待したい。
今年に入り、草森紳一の諸著作に接することで、博覧強記にも二種ありと思える。英文学の世界から様々な文献に言及し<マニエリスム>に結合させる高山宏は、英語・英文学を中心に関係するピクチャレスク文献の自らによる翻訳を大量に残した。『トランスレーティッド』は、その集約的文献解説になっている。高山宏の博覧強記とは、マニエリスムを中核に据えた書物博覧であった。2011年刊行の新人文感覚の二冊、『風神の袋』『雷神の撥』の巻末索引の人名項目に「草森紳一」は、ない。
一方草森紳一は、中国古典を基底に、「まんが」からデザイン、衣装、建築、絵画、イラスト、写真、江戸時代から幕末・維新期の武士たちへの関心、更には、「書」に至るまで守備範囲がきわめて広い。ナチスや毛沢東のプロパガンダに関する膨大な調査書の作成など、高山宏のマニエリスムに相当する核がない。「批評文」と「雑文」の違いか。
高山宏の前には、澁澤龍彦、種村季弘、由良君美などの先達が居る。草森紳一には、「雑文」による先達の系譜というものがない。とりわけ、今は副島種臣の書への草森紳一が書き残した原稿の書籍化が望まれる。
高山宏に関しては、次の翻訳『ガリヴァー旅行記』(研究社)を待ちたい。膨大な著作群があるけれど、現時点では「高山宏は時代とともにあった」と感じるが、高山宏の翻訳書は不滅であり、残り続けるだろう。『トランスレーティッド』は、高山宏翻訳書の解題集大成となった。よくぞここまで膨大な量の翻訳をなしえた。その選書眼と翻訳の労苦に感謝したい。
高山宏を理解するために以下の書物を紹介したい。
『アリス狩り』シリーズの第一作から第五作までを列挙する。
【補足】2020年10月9日
高山宏の翻訳書を読もう
「マニエリスム」だの「ピクチャレスク」だのバイアスを一旦外して、高山宏の翻訳書を読んでみること。
購入済だが、ほとんど未読の翻訳書を時間の許す限り読んでみたい。
とりあえず以下の10冊。
〇ロザリー・L・コリー『パラドクシア・エピデミカ』(白水社,2011)
〇サイモン・シャーマ『レンブラントの目』(河出書房新社,2009)
〇バーバラ・M・スタフォード『ヴィジュアル・アナロジー』(産業図書,2006)
〇バーバラ・M・スタフォード『ボディ・クリティシズム』(国書刊行会,2006)
〇バーバラ・M・スタフォード『実体への旅』(産業図書,2008)
〇バーバラ・M・スタフォード『グッド・ルッキング』(産業図書,2004)
〇マリオ・プラーツ『ムネモシュネ 』(ありな書房,1999)
〇ユルギス・バルトルシャイティス『アナモルフォーズ』(国書刊行会,1992)
〇マーティン・ガードナー/ルイス・キャロル『詳注アリス 完全決定版』(亜紀書房,2019)
〇ヤン・コット 『シェイクスピア・カーニヴァル』(ちくま学芸文庫,2017)
いずれも高山宏翻訳であり、翻訳書そのものを読むことで、「マミエリスム」や「ピクチャレスク」の呪縛から解放されて、原書が持つ新鮮な解釈が出てくるような気がすると思うのだが、如何。