網野善彦著作集


再び、朝のラジオ森本毅郎の「日本全国8時です」から。火曜日のゲストは荒川洋治さん。今日の話題は、「網野史学」で著名な『網野善彦著作集』(岩波書店)。5月から配本が開始された岩波書店の『網野善彦著作集』全18巻+別巻について、荒川さん独自の「ことば」で簡潔かつ的確に語られた。


網野善彦著作集〈第13巻〉中世都市論

網野善彦著作集〈第13巻〉中世都市論


前回同様、「森本毅郎スタンバイ」のHPから引用する。

18巻に及ぶ『網野善彦(あみのよしひこ)著作集』(岩波書店)がスタート。/日本人の歴史観に新鮮、かつ大きな影響。いま書店の歴史コーナーは、網野さんの本がひしめく。これまで歴史に興味ない人たちも、読む。/文学、芸術界にも大きな影響(映画やコミックなどにも影響が見てとれる)。戦後最大の歴史学者という人も。/1928年山梨生まれ。2004年に76歳で亡くなるまで、/地道な実証研究をかさね、従来の「日本史像」を転換。習ったことのない日本史が、そこに。/ぼくも網野さんの本で、生まれて初めて歴史に「さわれた」と思った。/今日、歴史の常識とされるものに、ひとつひとつ疑問投げかけた。
たとえば…
1.「日本」という国名。これは7世紀末から使われたことば。/この事実知る学者は専門家でもほとんどいない。/それまで「日本」はなかったのだから、/7世紀以前の古代社会を(縄文、弥生時代なども含め)「日本」と呼ぶべきではない、と。/「日本」と、「日本」以前の混沌とした世界は、異質なものであると主張。
2.江戸時代。農民と呼ばれた人たちは、届け出は農民でも、/非・農業の活動(商業、海を通して交易する海民など)が多かったことを、/能登・時国家などの資料から実証。「鎖国」「島国」とは名ばかり。/和歌山の人たちなどは、はるか南太平洋まで漁に出た事実。/これまでの「農業中心」で見る歴史観をくつがえした。
3.これまで見過ごされてきた、商人や職人、人権を制限されてきた女性などが、/日本の歴史のなかで、きわめて重要な役割を演じてきた事実、再評価。/人のもっともいみきらう仕事につく最下層の人たちが、実は神社、仏教との/「隠れた」つながりをもち、かけがえのない、神聖な役割をになうなど。


網野善彦著作集〈第15巻〉列島社会の多様性

網野善彦著作集〈第15巻〉列島社会の多様性


網野氏の出現は、何といっても小学館の『日本の歴史』第10巻として1974年に刊行された『蒙古襲来』(小学館文庫、2000)と、1978年に刊行された『無縁・公界・楽』(平凡社、1996)による衝撃にあった。拙ブログでも、網野氏については、「2005−02−06」以降何度か書いてきた。


蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫)

蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)


網野史学の最大特徴は、「人間が本来もっている原始の野生(自由)が、/国家や権力によって失われていく」過程とし、日本の歴史全体をみる点。/特に、有名なのは「無縁」の発見。/日本の中世(鎌倉・室町)は、疫病がはやり、封建制度の呪縛きびしく、/あちこちで戦さ、死臭漂う「暗い」時代とされてきたが、ちがった。/各地の荘園や村落、寺社に残された史料によると、「無縁」と呼ばれる場所が、/列島各地に存在していた。悪いことをした罪人でも、一部の山林、墓地 、橋、/河原(ここから芸術が発生)、津泊、寺、市場(楽)に逃げ込むと、俗権力は/それ以上追及せず、放免。/公式記録に出ない、「無縁」(自由)の場を、暗黙のうちにつくり/育てる「やわらかな原理」が列島各地に働いていた。/個人そのものが「無縁」とされる例も(遊行の女性など)。/いつも死と隣りあわせだけに、人も社会も(権力の側)も/現代に比べると「心優しい」一面。/それは封建社会完成の過程で、少しずつ日本社会から消える。/昭和始めまで「駆け込み寺」などに、おもかげをのこす。/中世の研究などする人いなかったが、「無縁」説以来、/日本史を学ぶ人たちは中世に関心大移動。/結果、読者の「歴史」全体への興味を拡大。/いま各地の書店でフェアをやっている。/いずれの本もベストセラーで、文章もすばらしい。


僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)


以上の荒川洋治さんの文章を読むと、今朝のラジオでの訥々としたしゃべりが、文字で反復されると、的を得た要約と、文体の軽快さに舌を巻く。現代詩作家・荒川洋治の面目躍如たるところであろう。荒川氏が、ラジオの話のためにメモ風に記録したものだが、それ自体「詩」になっている。「網野史学」の中心概念となった「無縁」について、分かりやすい見事な詩的解説。著作集として欲しいと思うものの、必要なとき図書館で借りて読もう、と購入を見送り。現在もっている文庫本や、新書本でも「網野史学」は理解できる。


日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)



荒川洋治氏の新刊

『黙読の山』(みすず書房)、2007年7月2日刊行予定。来週の火曜日(7月3日)の放送には、出版されたばかりの本書を持ってスタジオに現れることを期待しよう。第五回小林秀雄賞受賞の『文芸時評という感想』(四月社、2005,12)以来の新刊だ。


文芸時評という感想

文芸時評という感想