戦後思想の名著50


戦後思想の名著50

戦後思想の名著50


岩崎稔上野千鶴子成田龍一編『戦後思想の名著50』(平凡社,2006)は、戦後60年を回顧し受け継ぐべきいわば「遺産目録」として編纂されている。1945年から1999年まで、つまり20世紀の後半55年間に出版された書物が対象である。昨年刊行された『現代思想』の6月臨時増刊『ブックガイド日本の思想』(2005)では、『古事記』から井筒俊彦『意識と本質』までの49冊が紹介されていた。『現代思想』版では、日本思想史を概観していたけれど、『戦後思想の名著50』は、戦後55年の期間から50冊。



二書双方に取り上げられているのが、丸山眞男『現代政治の思想と行動』一冊のみであり、柳田國男竹内好は、別の本が取り上げられている。人物としては、柳田國男竹内好丸山眞男の三人ということになる。


現代政治の思想と行動

現代政治の思想と行動


いま、ざっと『戦後思想の名著50』に収録されている書物をながめてみる。
「I戦後啓蒙の成立と展開」(1945−1950年代)が15冊。
柳田國男花田清輝*1坂口安吾大塚久雄川島武宜きだみのる竹内好石母田正丸山眞男、大熊信行ほか。


復興期の精神 (講談社学術文庫)

復興期の精神 (講談社学術文庫)

堕落論 (新潮文庫)

堕落論 (新潮文庫)


「Ⅱ戦後啓蒙の相対化と批判」(1960年頃〜1970年代)には、28冊。
谷川雁上野英信宮本常一橋川文三小田実色川大吉大江健三郎森崎和江梅棹忠夫江藤淳松田道雄加藤周一吉本隆明*2、村上信彦、石牟礼道子、新川明、花森安治永山則夫宇井純田中美津網野善彦鶴見俊輔鶴見良行、島田等、金時鐘、加納美紀代、高木仁三郎ほか。

日本浪曼派批判序説 (講談社文芸文庫)

日本浪曼派批判序説 (講談社文芸文庫)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)


「Ⅲポストモダン・ポスト冷戦・ポスト戦後」(1980年頃〜1990年代)は7冊。
山口昌男真木悠介柄谷行人上野千鶴子、西川辰夫、酒井直樹加藤典洋

文化と両義性 (岩波現代文庫)

文化と両義性 (岩波現代文庫)

敗戦後論 (ちくま文庫)

敗戦後論 (ちくま文庫)


聞きなれない人(田中美津、加納美紀代)は、フェミニズム系の学者さん。全体を通してみて、「文学作品」を除外しているので、物足りないところもあるが、まずまず、妥当なところか。


いずれにせよ、現代思想が衰弱している状況にあって、過去の遺産を読むことの意義は大きいだろう。いわゆる知識人、思想家がいない時代。「思想」がそうであれば、「文学」も同様だ。最近は、新作を読むより、古書・旧作を読むことが多くなった。時代と伴走する必然性を感じない。


『戦後思想の名著50』は「戦後思想」に限定されているが、例えば、「20世紀の50冊」としても、さほど違和感がないのではあるまいか。なぜ、戦後思想なのか。戦前と断絶していたとは思えない。根底にあった思想に、1945年を区切りとするのは、政治的な意味しか読みとれない。もっと広いパースペクティヴによる選書が要請される。


ちなみに、『現代思想』の『ブックガイド日本の思想』では、明治以降戦前までの思想書が27冊。福沢諭吉文明論之概略』(1975)から、西田幾多郎『自覚について』(1943)*3に至る書物は、戦後より豊穣に視えるではないか。


文明論之概略 (岩波文庫)

文明論之概略 (岩波文庫)

*1:花田清輝『復興期の精神』のレトリックは、何回読んでもそのリズム感にゾクゾクさせられる。マルクス主義という「カノン」の正当性が喪失したポスト冷戦後から、本書を読むと異なった論理的思考の過程が視えてくる。不思議に魅力的な書物だ。

*2:吉本隆明共同幻想論』について上野千鶴子は、「国家は幻想である」という命題を評価しつつも、その歴史的限界を指摘する。「幻想」というものの概念の「非歴史性」、「対幻想」の強い異性愛主義批判、そして「共同幻想」と「対幻想」の「逆立」は、今日では権力の末端に過ぎない、と。(p.356−357)

*3:ISBN:4003312465