楽日


台湾の映画監督ツァイ・ミンリャン蔡明亮)の『楽日』(2003)『西瓜』(2005)を観る。『愛情萬歳』(1994)以来の出会いとなる。台湾映画の監督といえば、ホウ・シャオシェン侯孝賢)や、エドワード・ヤンが直ちに想起される。香港のウォン・カーウァイも含めて、共通している点は、せりふが極端に少なく「寡黙の人たち」の印象が強い。「寡黙」といえば韓国映画キム・ギドクも似た雰囲気を持っている。


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一種修行僧のような雰囲気が漂っているといえるだろう。『楽日』や『西瓜』では、登場人物のせりふは殆どなく、寡黙でひたすら修行に耐えているようにみえる。ツァイ・ミンリャンの映像スタイルはシンプルに出来ている。固定キャメラによる長回し、登場人物は、固定されたフレームの中で歩行や移動や運動を反復する。すべての画面はそのように出来ている。



ツァイ・ミンリャン監督作品  楽日 [DVD]

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『楽日』は、古い映画館が営業不振で閉館する一日を綴ったもので、上映されるフィルムは香港映画。キン・フーの『龍門客棧』(1967)*1で、武侠映画の名作。この作品からワイヤーアクションが広く人気を集めて行くことになる。『楽日』では、上映される映画の主演を勤めた二人の男優が客席に居る。ミヤオ・ティエンとシー・チュン。二人とも『龍門客棧』が映画初出演であり、画面を見るシー・チュンのクロースアップは秀逸である。若き日の自分を見つめる眼には涙が滲んでいる。映画が持ち得る特権的瞬間だ。


受付嬢のチェン・シャンチーと、映写技師役リー・カンションは、ツァイ・ミンリャン映画の常連。映画館の外は雨が降り、楽日の映画館の観客は少なく、なぜか日本人の青年・三田村恭伸がいる。上映が終わると、掃除道具を持ったチェン・シャンチーは、足をひきずりながら歩く。誰もいなくなった客席をスクリーンの側から延々と映す。客席が5分近く映されるが、何も起きないし誰もいない。まさしく、映画館のための映画が『楽日』にほかならない。


ツァイ・ミンリャン監督作品 西瓜 [DVD]

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『西瓜』は名状しがたいフィルムだ。純愛ミュージカルだが、ミュージカル部分が異常に突出していてとてもおかしい。同じマンションに住む、女チェン・シャンチーと男リー・カンション。女は故宮博物館のガイド、男はAV男優。偶然、公園で出会うシーンはいかにもツァイ・ミンリャンの世界らしく、男がブランコで寝ている間に、女が近づく。ユーモラスだが、無言のショット。以後、二人は言葉を交わすことなく相手を意識するが、決して触れ合うことはない。ラストの衝撃的な接触は、観るものを当惑させ、唖然とさせられる。『西瓜』には、日本からきたAV女優として、夜桜すももが出演している。スイカを用いた絡みのシーンはアイデアものだ。


ツァイ・ミンリャンの映画は、はっきり言って面白い映画ではない。映画を観て考えさせられる、そんな映画だ。固定ショットの隅から隅へ人物が移動する。ショットごとに「観る」ことを迫る映画。例えていえば、小津安二郎の固定ショットと、その固定された画面の中は溝口健二風のスタイルであり、無言劇として展開される。『楽日』は映画と映画館へのオマージュであり、気に入っている。


残酷ドラゴン 血闘竜門の宿 [DVD]

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*1:『龍門客棧』は、『残酷ドラゴン 決斗竜門の宿』の邦題で公開された。