階級関係-カフカ「アメリカ」より


ジャン=マリー・ストローブダニエル・ユイレ『階級関係-カフカアメリカ」より』(Klassenverhaeltnisse, 1986)をDVDで観る。原題は「階級関係」。『階級関係』は、カフカ原作の映画化では、最も成功した作品とされる。ストローブ=ユイレのミニマム・フィルムとしての完成度は素晴らしい。



原作のカフカ『失踪者』(白水社)を脇において、ストローブ=ユイレの造型した画面を観る。自由の女神を捉えたキャメラは横移動しながら、象徴としてのアメリカを風景として示している。ドイツを放逐されたカール・ロスマンがアメリカに到着し、火夫を通して伯父と出会う。画面は冒頭とラスト以外ほとんど固定された撮影による。台詞はアメリカが舞台であるにもかかわらず、すべてドイツ語。移民としてアメリカに来たアイルランド人やフランス人もすべてドイツ語で語られる。


失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)

失踪者―カフカ・コレクション (白水uブックス)


原作の「火夫」「伯父」「ニューヨーク近郊の別荘」「ラムゼスへの道」「ホテル・オクシデンタル」の順にストーリーが展開される。カフカ作品の主人公は、いつも理不尽な状況へ追い込まれ、理由が分からないまま、唐突に物語は投げ出される。『失踪者』のカールは、『審判』『城』など主人公が置かれている立場とはいささか異なって、アメリカで出会う人々との葛藤や軋轢を経て、ひたすら旅を続けることになる。


ラストシーンとなるオクラホマへ列車が向かう、その列車のなかでは、カールとオクシデンタルホテルのボーイだったジャコモが並んで座席についている。ミズリー河沿いをキャメラが移動で捉える長いショットで映画は唐突に終わる。オクラホマに夢を託すのか、あるいは、同じような試練が延々と待っているのかは、観る者の判断に委ねられている。


映画は、ワンシーン・ワンショットを丁寧に撮られている。このフィルムの中で律儀に発音させるドイツ語は、プラハに住むユダヤ人であったカフカが、ドイツ語でテキストを書いたことと符合する。フランス出身のストローブ=ユイレは、ドイツが映画制作の場だった。異郷の地での経験が、映画『階級関係』の根底に反映されている。



ストローブ=ユイレは、『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』で、ニュージャーマンシネマの旗手として評価された。『階級関係』は、もちろん普通の映画を異化している。ストローブ=ユイレの映画として意識しない限り、単なる凡庸で形式的なスタイルの映画にみえてしまう。なぜシンプルで起伏のない、一見凡庸に視える撮り方をしたのだろうか。いや凡庸というよりきわめて正当でオーソドックスな撮影方法なのだが、シンプルに視えてしまう。だからこそ、カフカの映画として原作を見事に反映することができたといえる。


審判 [DVD]

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カフカの映画といえば、まずオーソン・ウェルズ『審判』を一番に思い出す。映画版『審判』は、カフカの映画というより、ウェルズ的世界、つまりバロック的世界なのだ。そこには、本来のカフカはいない。カフカ的世界を、映像で構築したのは、唯一、ストローブ=ユイレ『階級関係』のみだったといえるだろう。


海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)


村上春樹海辺のカフカ』の主人公は、カフカ『失踪者』のカール・ロスマンからヒントを得ている。15歳で家を出る少年の設定は、フランツ・カフカ原作へのオマージュといえよう。2006年フランツ・カフカ賞を受賞し、チェコまで出向いた村上春樹は、プラハでスピーチを行い、始めての記者会見まで行った。


失踪者 (カフカ小説全集)

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カフカ、映画に行く

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