思想とはなにか


吉本隆明に笠原芳光が質問するかたちの対談『思想とはなにか』(春秋社)読了。詩歌から、近代文学、宗教へと二人の対話が進む。


思想とはなにか

思想とはなにか


冒頭の「序」で吉本隆明は、人類の歴史について次のように述べている。

仮に人類の歴史を「大」歴史と「小」歴史にわけるとする。未明の時代から現在までの政治・社会や文明文化・科学産業など従来考えられてきた人類の歴史は「大」なる外在史であり、身体性から見られた個々人は内在的な「小」人類史と見ることができよう。そしてこの「大」「小」の人類史を媒介するものは「種としての遺伝子」「世界の地域ごとの言語」「それぞれ異なった風俗・習慣」「自然への精神と身体による働きかけの運動性」と見做すことができよう。

この基本的な吉本氏の思惟方法は、「共同幻想」「対幻想」「個人幻想」を思考の根底に置いてみれば、理解しやすい。吉本氏のいう「大」「小」を、「共同幻想」=「大」、「対幻想」「個人幻想」=「小」に当てはめればいい。

吉本氏によれば、

ぼくは現在も含めて、「知」ということで解決できるものはサイエンスだけだとおもっているのです。・・・(中略)・・・人文系や芸術や科学という問題になると、そう簡単ではない。それは地域があって、地域性が一番出てくる言葉の問題があります。/実は、科学のほうもうまくいくとおもわせているけれど、強大な軍事力とか産業力、経済力とかいう「威力」によってそうさせている。つまり科学の普遍性やグローバル性は威力の強いところに他が倣っているのです。/科学以外は地域性や特殊性が精神的な面でも風俗習慣の面でもみなちがっていて、これを威力でもって統一することはできないだろうとおもいます。地域ごとの「知」をどうやって共通点を捜して協力できるところまで持っていけるかはそう簡単ではありません。(p.254-255)

最後の親鸞 (ちくま学芸文庫)

最後の親鸞 (ちくま学芸文庫)

となる。親鸞の「往相」「還相」などにも言及されるが、つまるところ、以下のことばにまとめられる。

要するに個人が個人としての思想的な葛藤とか煩悶とか信念とかあるとすると、それと同等に男女、家族の問題についての見解も信念もあるし、共同の政治問題についての煩悶も悩みも信念も同等に持つことができるのであって、軽重があるわけではないし、大小の問題でもない、皆同じ重みを持った問題として人間は抱えこんでいると思います。/それが人間の本性ではないか。これら三つが同等の問題であるにもかかわらず、個々の人間はどこに重点を置くかということで、重点を置いているところと置き方が軽い部分があって、それが一般の人間としてはあり得ることですが、三つの問題が同等な問題としてあることを無視してはならないのです。(p.275)


世界が、政治・経済的側面のみから語られる、あるいは、個人の<スピリチャル>だの<癒し>だの精神的な救済に向かう「個」に即した思想があり、いってみれば「外」と「内」から言及されるという分裂した状況がある。吉本氏は、「共同の政治問題」「個人としての思想的な葛藤とか煩悶」「男女、家族の問題」それら「三つの問題が同等な問題としてある」ことを指摘しているのだ。


マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)

マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)


この対談では、宮沢賢治が詩人というより宗教家としての生き方に比重を置いた見方が示されるが、確かに童話作家・詩人と見るとともに、法華経への傾斜の深さを思うと「信仰」として本気で取り組んだのは、宗教であったという指摘は的を得ているといえよう。


定本 言語にとって美とはなにか〈1〉 (角川ソフィア文庫)

定本 言語にとって美とはなにか〈1〉 (角川ソフィア文庫)

定本 言語にとって美とはなにか〈2〉 (角川ソフィア文庫)

定本 言語にとって美とはなにか〈2〉 (角川ソフィア文庫)


吉本氏は『共同幻想論』以来、「共同幻想」「対幻想」「個人幻想」の思考法は、一貫している。『柳田國男』『源実朝』や『親鸞』『良寛』などの思想家・宗教家に向かい、また、『言語にとって美とは何か』で、言語を「自己表出」と「指示表出」をから捉え、『心的現象論』では、「個人幻想」を深めている。吉本氏は『夏目漱石を読む』(筑摩書房,2002)で「小林秀雄賞」を受賞している。最近は、談話的なもの、対談、エッセイ集などが多いが、吉本隆明の「自立の思想」は歴史的に評価されてよい。


夏目漱石を読む

夏目漱石を読む


膨大な著作を出版しているが代表作をあげるとすれば、次の5冊に絞りたい。

吉本隆明全詩集

吉本隆明全詩集


かつて、勁草書房から『吉本隆明全著作集』が刊行され、大和書房から『吉本隆明全集撰』として代表作の選集が出版されていたが、現在は絶版のようだ。2007年冒頭に敢えて、吉本隆明をとりあげた。「吉本ばなな」の父ではなく、戦後最大の思想家としての吉本隆明を。


吉本隆明×吉本ばなな

吉本隆明×吉本ばなな

最近では、橋爪大三郎による吉本へのオマージュ『永遠の吉本隆明*3がある。新書本だから、入門書としても参考になるだろう。