紙屋悦子の青春


黒木和雄の遺作『紙屋悦子の青春』を観る。1945年3月から4月ころの鹿児島県地方の紙屋家の日常風景が、戦争そのものを描くのではなく、戦闘行為を一切画面に出さずに描く手法は、黒木氏の『TOMORROW/明日』(1988)と同様。異なるのは、冒頭病院の屋上で原田知世永瀬正敏が老いた現在から、過去を回想する<時間イメージ>の映画になっていること。


原田知世は、兄小林薫と兄嫁で女学校の同級生だった本上まなみと三人で同居している。両親は、東京空襲で他界している。兄が後輩松岡俊介の親友・永瀬正敏を、原田知世の見合い相手として、紹介しようとしていた。松岡俊介は海軍特攻隊に志願したため、最愛の人を友人に託そうとしていたのだ。


見合いの席では、ちぐはぐな会話が、松岡俊介永瀬正敏原田知世の間で交わされる。毅然とした軍人とつつましく現実を受け入れる娘。戦中の日常の一齣を映像化しているが、この映画の何処にも、戦争シーンはない。ないが故に、松岡俊介の死が、永瀬正敏に託された原田知世宛の手紙を持って、紙屋家を訪れるシーンは悲しい。表面上は、淡々とした展開だが、心中ただならぬ揺らぎは、表情から読むしかない。


唯一、最愛の人の死を知り、泣き崩れる原田知世を捉えたカットが印象的だ。覚悟を決めた原田知世は、永瀬正敏との結婚を決意する。それから数十年、老人となった二人が病院の屋上で、あの日を回想する。


静かなフィルムだが、黒木和雄による戦争三部作に続く遺作は非戦の思いが観る者に伝わってくる傑作であった。ビルの屋上以外は、すべてセット撮影。戦時中が田舎の一家屋の内外で撮影されることで、戦争の現実とは別次元に戦争を背景として取り込むことに成功している。


竜馬暗殺 [DVD]

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黒木和雄の代表作は、私見では、『竜馬暗殺』(1974)『TOMORROW/明日』(1988)『美しい夏キリシマ』(2003)『父と暮らせば』(2004)それに、本作『紙屋悦子の青春』(2006)を加えた五本となるだろう。改めて、黒木和雄の冥福を祈りたい。合掌。


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父と暮せば 通常版 [DVD]

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