世界一周恐怖航海記
車谷長吉が、嫁はんの高橋順子に誘われて、三ヶ月間の世界周遊の航海に出る。その記録が本書。車谷長吉初めての海外旅行が船旅だった。1000人近い乗客を乗せた豪華客船は、日本社会の縮図であると著者は言う。車谷氏は、高橋順子と友人の詩人・新藤凉子さんの三人で行動する。
- 作者: 車谷長吉
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2006/07
- メディア: 単行本
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通常の旅行記とは異なって、車谷長吉のことだから自己の経歴のなかからの話題が多い。船中の著者は午前中に読書、午後はデッキでくつろぐ。途中で、著者の講演会が準備されている。変人・畸人と呼ばれるのが、嬉しいと言う。
船中の俗物たちを、一刀両断のもと切る文章が凄くて面白い。
この船の中にも、厭な人は多い。また不気味な人、正体の知れない人、得体の知れない人が多い。厭な人とは、意地悪なことを言うて、他人の生活の中へ無遠慮の土足で踏み込んで来る人だ。このトパーズ号が一つの日本社会なのだ。一千人近い船客は、十三ヶ国の国籍を持った人の集まりだと言うが、九割九部は日本人である。それが一艘の船の中に閉じ込められて、監禁生活をしているのだ。(p.90)
この船の女の乗客の大半は、セクシー・ギャルかセクシー婆アである。男を誘惑する女である。ところが誘惑されて乳房にさわると「痴漢ッ。」と騒ぎ立てる。男を嬲りものにしているのである。(p.140)
女性に対して手厳しい。乗客の2/3が女性なのだから、想像がつく。
『徒然草』『枕草子』『神曲』など、午前中に読んだ本について書く。
ダンテが『神曲』を書き得たのは、故郷フィレンツェを追放され、流離の生活を強いられたからである。大学教授という「安楽椅子」に座っている人には、書けない本だ。大学教授に出来るのは、せいぜい『神曲』の研究をするぐらいのことだ。(p.155)
「芸術家」と芸術を「研究する人」の違いか。大学の教授で作家もいるが(?)。
まあ、そういう俗物を著者は認めない。
作家希望者が車谷氏に原稿を渡す。
原稿を読んだ車谷長吉は次のように答えた。
小説とは「人が人であることの謎」について書くこと。つまり「人間とは何か」という問いに対する答えである。作家になるためには、一年に一人の作家の全集を全部読む必要がある。それを三十年ぐらいくり返す。また、自分が気に入った作家の作品一篇を、五十回ぐらい声を出して読み、耳から聞いて全部記憶してしまうこと。私の場合は、森鴎外の「阿部一族」をそうした。国語辞典、漢和辞典を全部読む。これらは必要条件であって、十分条件ではない。これだけ努力しても、なれない人はなれない。覚悟が必要である。(p.176)
世界一週の船旅で、どこを訪ねたかよりも、船の中の人間関係の描写がはるかに、興味深い。
- 作者: 高橋順子
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2001/05
- メディア: 単行本
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たえず、嫁はんこと「高橋順子」と、「お凉さん」(新藤凉子)*1のことが比較して記される。その対照ぶりが面白く、また、旅の最後に、高橋順子と新藤凉子の「書き下ろし自作詩朗読、連詩・地球一周航海ものがたり」と題して、音楽つきで朗読会が催される。
恐怖・恐怖といいながらも、3ヶ月の旅で人々や外国の様子を観察し、楽しんでいる。それも「苦痛を楽しむ」という逆説的な車谷的世界観が、味わいのある読み物にしている。回った国が、ヴェトナム・シンガポール・スリランカ・ケニア・南アフリカ・ブラジル・アルゼンチン・イースター島・タヒチ・フィジー・ラバウルなど、先進国でないところが、車谷氏には良かったのでは、と思わせる。彼の国の人々の純粋さ、目の美しさなど、車谷氏ならではの旅行記に仕上がっている。*2『銭金について』以後の傑作である。
- 作者: 車谷長吉
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2005/03/17
- メディア: 文庫
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- 作者: 渡辺京二
- 出版社/メーカー: 平凡社
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