カミュなんて知らない


大学の正門で携帯電話から主役の代役を依頼している前田愛、そこへバイクで正門から入ってきて彼女に話しかける監督の柏原収史。柏原を見つけた恋人吉川ひなのはストーカーのように彼を追いかけている。鈴木淳評伊崎充則が映画の冒頭長まわしシーンについて『黒い罠』や『ザ・プレイヤー』について話しながら歩いている。映像ワークシップの教授本田博太郎から声がかかり、また田口トモロヲ阿部進之介が登場する。キャメラは移動しながら、黒木メイサが数人の中でダンスするシーンを捉える。ここまで、主な登場人物をワン・カットで紹介している。『ザ・プレイヤー』のように、この冒頭の長回しから、大学生たちの群像を軽快に紹介して行く。


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立教大学の学内では、映像ワークショップとして映画「タイクツな殺人者」の撮影準備にとりかかっていた。主役が降板したので、演劇部の中泉英雄をスカウトする。前半の主人公が監督役の柏原収史だとすれば、後半からラストにかけての主役が中泉英雄になり映画内映画にて、一種の顛倒が起きる仕掛けだ。


カミュなんて知らない』は、映画への言及や引用が多く、映画ファンには思わずにやりとさせられるシーンがあり、10年振りの柳町光男作品としては、軽快にスタートしながら、後半、映画のクランク・イン=殺人シーンの撮影では、現実と虚構が交錯し、観る者に結末を考えさせる秀逸な作品になっている。学生たちには映画制作を通して、正常と異常の臨界がないことを暗示させているようなシーンがいくつかあり、観終わると重厚なフィルムになっていることに驚く。


映画監督・本田博太郎は、ヴィスコンティの『ベニスに死す』の老教授を模倣し、柏原収史吉川ひなのの関係は、トリュフォーの『アデルの恋の物語』を踏まえるといった按配で、台詞のいたることろに、ゴダール溝口健二のカツト数など映画史的知見を観る者に思いださせるというパロディ的側面がある。もちろん内容は、タイトルどおりカミュ『異邦人』が土台にあり、現実に起きた高校生による老婆殺人事件をもとにしている。


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大学図書館の地下一階。柏原収史が、窓際の閲覧机で、映画のコンテを書いているときに、恋人の吉川ひなのが近づいてきて、生活のことや食事のことなど、執拗に話しかけてくる。
柏原収史は、吉川ひなのにお金を借りているようで、ひなのは「お金、かえさなくていいよ」などと言いながら、柏原の部屋に行きたいなど、書架の間を歩きながら、ストーカーのように迫る。映画の中でも「アデル」と呼ばれているくらいだから、作品中アデル的行動パターンを反復するが、二人の関係は意外な方向へ。



図書館のカウンターでは、教授役で元映画監督・本田博太郎が、メルロ・ポンティの 『見えるものと見えないもの』など数冊の貸し出し処理を受け、閲覧机で本を読もうとするが、気になっていた女子学生・黒木メイサが同じ閲覧室に居ることが分かり、彼女のことが気になって落ち着いて本が読めない状態になる。


黒木メイサ田口トモロヲと結婚していることを知らずに、田口を通して黒木メイサとの食事をセッティングしてもらうが、若くて美しい女性が、スープを音を立てて飲む仕草に、教授は落胆する。その上、二人が海外旅行のプレゼントを賭けていたことを知り、アッシェンバッハ教授のように死ぬこともできず、愕然として研究室に戻ることになる。


多くの学生たちの会話から、いまどきの若者の視点を見事に押さえているのは、柳町監督が、早稲田大学で、映像ワークショップを実際に教えた経験によるところであろう。柳町光男の復活を祝福したい。


『カミュなんて知らない』公式ウェブサイト


柳町光男の代表作

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