寝ずの番
今年2006年は、マキノ省三が映画を撮ってから100年になるという。省三の息子マキノ雅弘は生涯に261本の映画撮った職人監督であった。マキノ雅弘を叔父に持つ津川雅彦が、マキノ雅彦の名前で監督した映画『寝ずの番』は、原作が中島らもの短編『寝ずの番』三部作。
- 作者: 中島らも
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ほぼ原作を忠実に再現しているが、上方落語一家に周辺の妻たちを配することで、脚本として成功している。上方落語家の大物橋鶴(長門裕之)が、手術のあと医師からもう長くないと告げられ、弟子たちは師匠の最後の願いを聞く。兄弟子・橋次(笹野高史)が「そそがみたい」と聞いたものだから、妻志津子(富司純子)、息子橋弥(岸部一徳)、弟子橋太(中井貴一)たちが対応に苦慮するシーンから始まる。この場における橋太の妻(木村佳乃)は、きっぷのよさですこぶる良い女になっている。
死という厳粛な場における、生き残った者たちによる回想で死者を語るというのは、一つの型であるけれど、なにしろ、落語家の家族の面々。話は下ネタになり、春歌や替え歌などが、次々に飛び出してくる。長門裕之の死が第一部。ついで、兄弟子・笹野高史の突然の死が第二幕。追い討ちをかけるように、おかみさん・富司純子の死。通夜のシーンが三部構成として、死者を回想しながら「寝ずの番」をする、というお話。
まず、今流行りの「泣ける恋愛映画」だの、作家性を強調した映画だの、テーマ性のある問題作だのといったフィルムではもちろん、ない。徹底して監督やキャメラを意識させない職人監督・マキノ流作法を受継いでいる大人の映画になっているところがいい。
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マキノ雅弘の最後の作品が、藤純子主演『関東緋桜一家』(1972)だった。その富司(藤)純子が、もと芸者の色気たっぷりで妻役としてあいかわらずの美しさを見せてくれる。春歌を唄いながらの踊りはあでやかだ。彼女の芸者時代に、長門裕之と張り合ったのが元鉄工所の社長・堺正章。父・堺駿二はマキノ雅弘作品の常連だった。堺正章の登場によって第三幕は、春歌の歌合戦になって行く。『鴛鴦歌合戦』のパロディといってもいいだろう。
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一番の収穫は、中井貴一の喜劇役者としての演技を引き出した点にあるだろう。中堅落語家として、歯切れの良い口跡、回想シーンを実に巧みに話す。猥談を平然と口にする落語家になりきっている。生真面目というイメージを見事に払拭してみせた。
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死者三人のエピソ−ドを、並べるだけでも語り尽くせない魅力あふれる楽しくも切ない映画だ。大人の映画だけに下ネタが多いが、下品になる手前で止めているのはさすがというべき評価すべき手腕だ。率直にいえば、俳優としての津川雅彦にはそれほど魅力を感じなかった。様々な役を演じ分ける割には、一種の臭さが鼻につく俳優というイメージだった。それが、監督となると鮮やかな変身ぶりで、出来上がった映画は、素晴らしいの一言につきる。津川雅彦は俳優よりは、監督としてマキノ一族を背負うのに似つかわしい。伊丹十三が『お葬式』を撮ることで監督デビューを果たしたが、伊丹は小津安二郎へのオマージュだった。マキノ雅彦は、当然マキノ雅弘へのオマージュとして『次郎長三国志』の中の次郎長一家が唄う歌を、通夜で合唱するシーンを挿入している。
なお余談だが、マキノ雅弘の映画では、『次郎長三国志』9本と『昭和残侠伝死んで貰います』を併せた10本がベスト10になる。
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