森田芳光の・ような映画監督は今後出てこないだろう

森田芳光全映画


宇多丸、三沢和子編『森田芳光全映画』(リトルモア,2021)を読了した。
ひとりの映画作家の全作品を解題する書物は、めずらしいことだ。自主映画から始め、どこの映画会社にも所属せず、助監督修行もなく、自ら自分が撮りたい映画で出発する。撮影所システムが終了し、一作ごとにスポンサーを見つけ、いつの間にか森田組が出来上がっている。映画界における異端児でありながら、最後の作家的映画監督といわれる森田芳光について、製作された映画に即して、パートナーかつプロデューサーであった三沢和子さんの<ことば>は、理解の手助けとなっている。

 

 

 

家族ゲーム』(1983)から『僕達急行 A列車で行こう』(2012)までほぼ同時代公開作品として森田作品を見てきた者にとって、全作品解題という快挙につきあわないわけには行かない。
森田芳光は、商業映画第一作『の・ようなもの』を撮り、『僕達急行 A列車で行こう』(2011)の製作後、急逝してしまった。本書は、自主製作『ライブイン茅ヶ崎』(1978)から『A列車で行こう』までのすべての映画について、監督の伴侶であった三沢和子と宇多丸が全作品を解説するという画期的な映画本になっている。

 

本書は、映画青年であり素人が8mmのキャメラを回して、友人・知人たちをに出演依頼し、映画として成立させる。映画撮影所システムの崩壊までは、特定の映画会社の社員となり、助監督修行により、キャメラ撮影、セット美術、照明、編集などを経験した後に、晴れて監督に昇進し、映画を撮るのが一般的スタイルだった。

 

ところが、森田芳光は撮影所システムを経験することなく、自主映画『ライブイン茅ヶ崎』を撮り、親から借金をしてデビュー作『の・ようなもの』(1981)を製作する。その後、日活で『(本)噂のストリッパー』(1982)『ピンクカット 太く愛して深く愛して』(1983)2本のプログラム・ピクチャー製作経験を経て、代表作となる『家族ゲーム』(1983)で全国区に進出した。撮影所システム崩壊後の、映画好きの青年が、映画監督進出したモデルケースを実践したのだった。

 

森田芳光 全監督作品コンプリート(の・ようなもの)Blu-ray BOX(完全限定版)』が12月20日に発売予定である。全作品とあるが、『そろばんずく』のみが版権者が拒否したようで、全作品マイナス1本という形にならざるを得ない。『そろばんずく』の製作はフジテレビ、ニッポン放送となっている。とんねるず主演の映画だが、とんねるずには当時のギャグを封じたとされている。なぜ、『森田芳光 全監督作品コンプリート』への収録に許諾しなかったのか。必ず後悔すること*1になるだろう。


全作品を見直す余裕はないので、とりあえず未見の『未来の想い出 Last Christmas』(1992)を見る。なんだかコマーシャルフィルムのようだ。森田的世界の逸品というところか。工藤静香清水美砂の二人の女性が、1981から1991の間を往復するタイムスリップもの。突然の死により10年間を生き返すことになった二人。三度目の正直を愚直に反復している。映像と音楽に酔えるかどうかが鍵となる。ディビッド伊藤と和泉元彌を起用。当時の二人はメジャーではなかった。その慧眼を評価すべきだろう。

 

未見の作品『悲しい色やねん』(1987)は、ジャンルもの<やくざ映画>へ挑戦した作品。道頓堀の美しい夜景シーンが、シークエンスの転換時に挿入される。中村トオル高嶋政宏が友人でありながら敵対せざるを得ない状況への描写。藤谷美和子のクレイジーな役柄や、ボスの小林薫江波杏子がいつもクッションの良いソファに横たわっている光景などいかにも森田芳光作品らしい。<ジャンル映画>からのはみ出しぶりも秀逸だった。

 

もう一本再見したのが『39 刑法第三十九条』(1999)。かつて見たときよりシリアスな映画だったことに驚いた。森田芳光は、同じような映画は二度と撮らないので、ミステリアスで問題を含む刑法39条に着目した点、論点の運び方、俳優を個性化することなど、実に優れた監督であることを再発見した。鈴木京香の精神鑑定士を見た目で造形している。刑事役の岸部一徳のいつもにやけた顔、検事の江守徹はぼそぼそ小声で話すなど。犯人役が堤真一だったことは意外な発見。当時はまだ無名だった。

 

更に一本『キッチン』(1989)も見直した。市電が通る札幌の街の夜景が美しく、とりわけ緑に光る電車周辺の光景を背後にして、川原亜矢子と松田ケイジのさらりとした関係描写、松田ケイジの父親でありながら母として存在する橋爪功。モダンなキッチンの設定にも、森田監督の意図がみえる。

 

一作ごとに作風が変わるので、森田芳光のスタイルだの作風として一言に凝縮することは困難である。ただ、常に斬新なアイデアとスタイルの先取りが結果的に成功へのキーワードであったことは確かだ。

 

 

とは言っても、『家族ゲーム』(1983)と『それから』(1985)が森田監督を周知させた代表作となるだろう。現時点の私的ベストテンを作成したみた。

 

 

1.『それから』(1985)
2.『家族ゲーム』(1983)
3.『(ハル)』(1996)
4.『39 刑法第三十九条』(1999)
5.『阿修羅のごとく』(2003)
6.『間宮兄弟』(2006)
7.『ときめきに死す』(1984
8.『の・ようなもの』(1981)
9.『黒い家』(1999)
10.『キッチン』(1989)
11.『わたし出すわ』(2009)
12.『武士の家計簿』(2010)
13.『僕達急行 A列車で行こう』(2012)
14.『サウスバウンド』(2007)
15.『椿三十郎』(2007)
16.『おいしい結婚』(1991)
17.『失楽園』(1997)
18.『メイン・テーマ』(1984
19.『未来の想い出 Last Christmas』(1992)

20.『悲しい色やねん』(1987)
21.『海猫』(2004)
22.『模倣犯』(2002)
23.『愛と平成の色男』(1989)

【補足1】

『そろばんずく』(1986)は、『森田芳光 全監督作品コンプリート』に版権所有者が許諾を与えなかったので、ランキングから除外した。とんねるずに敢えて当時の持ちネタ・ギャグを封じて今なお新鮮な見方ができるフィルムであるからこそ、番外としたい。

 

【補足2】

脚本森田芳光、監督根岸吉太郎『ウホッホ探検隊』(1986)を見ていると、十朱幸代と男の子二人の家庭に、単身赴任中の夫田中邦衛が訪ねてくる。父親が帰るというより他者の侵入というイメージだ。実際、田中邦衛は職場の女性藤真利子と不倫関係にあったことが後に分かることになる。この家族の雰囲気、単身赴任先の企業の仕事は不気味だ。この雰囲気、このニュアンスは紛れもなく森田芳光の世界であると感じさせる。

 

【補足3】

森田芳光は、優れた映画監督であった上に、新人発掘にも大いに貢献している。
監督としては、『バカヤロー』シリーズで、堤幸彦岩松了中島哲也篠原哲雄、明石知幸、太田光山川直人等々。俳優として、鈴木京香を最初に出演(『愛と平成の色男』)させている。また塚地武雄を『間宮兄弟』で初めて映画出演させたことも特筆に値する。NHK朝ドラでブレイクするはるか前、鈴木亮平を『椿三十郎』でデビューさせている、など枚挙にいとまがないほどだ。

『の・ようなもの』では、主演の伊藤克信、若手落語家の一人に<でんでん>、オバサンディレクターに鷲尾真知子落研高校生に江戸はるみが、それぞれ映画デビューになる。石田ゆり子は『悲しい色やねん』で、中村トオルの恋人役で映画デビュー、伊東美咲は『模倣犯』で山崎務の孫娘役で映画デビュー、唐沢寿明は『おいしい結婚』でヒロイン斉藤由貴の恋人役で映画デビュー、木村佳乃は『失楽園』で役所広司の娘役で映画デビューしている。

参考文献:『森田芳光組』(キネマ旬報社,2003)

 

 

*1:『そろばんずく』はコメディの傑作であり、その功績は、監督森田芳光によるものである。映画の基本を忘れた「とんねるず」には大馬鹿野郎と言っておきたい。『そろばんずく』は、今後一切DVD等で発売せず、廃盤にすべきだ。