『論語』を、いま読む
井波律子『『論語』を、いま読む』(セミナーシリーズ 鶴見俊輔と囲んで・1、SURE,2006)が元旦に届き、一気に読む。この場合の『論語』とは、「桑原論語」のことを指す。ちくま文庫に入っている桑原武夫『論語』について、鶴見俊輔が中心となって、「桑原論語」について語りあった記録である。桑原氏が執筆するにあたって、吉川幸次郎に弟子の紹介を依頼をし、その時指名を受けて桑原宅へ伺い、『論語』を読む手助けをしたのが、現在の中国文学者・井波律子さん。当時は、京都大学の院生であったという。
- 作者: 桑原武夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1985/12/01
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論語の注解は多数くある。「桑原論語」は未読であったが、出席者たちの好きな『論語』が「コラム」として併載してあり、面白く読む。鶴見俊輔は、「桑原論語」を彼の業績中もっとも重要なものと看做している。基本は、徂徠の『論語徴』をもとに、井波さんが桑原氏にあらかじめ指摘された章について、勉強をして、質問に答えながら桑原氏が口述したものだという。従って、本書は、『論語』についての知見を得るとともに、「桑原論語」についても知ることになる、二重の仕掛けになっている。いってみれば読者は、『論語』と桑原武夫に関わる話を、主に鶴見俊輔と井波律子が語るのを、聴くわけだ。
井波律子さんは次のように述べている。
私もそれこそ『論語』は堅いものだと思っていたんですよ。でも、読んだら大変おもしろかった。わくわくするくらいおもしろかったんです。20歳くらいのころですね。おそらく桑原先生が読まれたように、孔子ってのはおもしろい人なんだなあって思いました。健やかな人だし、背の高い人で、行動する人ですね、思索する、書斎にこもっている人じゃなくて、どんどん表に出ていく。放浪もしているし。
・・・(中略)・・・
世界をきちっと枠取りしたものよりも、いろんな人がいろんな折に語ったものが好みなんです。孔子が語り、対話があり、弟子が語りっていうのが、私の感性にはものすごくよく合っている。(p.30−31)
また、『論語』の意味の取り方が分かれるのは「詩といっしょ」だからという。
そのほか、埴谷雄高のエピソードや京都大学人文研のこと、井波さんは、高橋和巳と同時代よりやや遅れて中国文学の研究を志したことなどがわかる。
それでは小林秀雄は『論語』についてどう書いているかみてみよう。『小林秀雄全集11』から引用する。
孔子の道は直覚されてゐるので、定義されてゐない。仁といふ彼の道の根本と観念にしてみても、その明らかな意味は、「論語」の何處にも語られてはゐないのであつて、仁を問ふ弟子達の質問に應じて各種各様に語られてゐる。(p.355「論語」)
- 作者: 小林秀雄
- 出版社/メーカー: 新潮社
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孔子は道を論じ、仁を解く者の、自ら知らない自己欺瞞が、いかに深いものであるかをよく知ってゐた。眞理を言ひ、正義を解き、國家の為、社會の為を思つて、己を殺してゐると自ら信じながら、その動機に不純なものをわれ知らず持つてゐる人が、いかに多いかを看破してゐた。(p.357)
いかにも、小林秀雄らしい言説になっている。
いま、手元にあるのは、宮崎市定『論語』(岩波現代文庫、2000)だが未読。
- 作者: 宮崎市定
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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この宮崎市定『論語』について高く評価したのが谷沢永一『紙つぶて』であった。昨年12月、『紙つぶて 自作自注最終版』(文藝春秋、2005)が刊行された。谷沢氏については、他の著作はさておき、この『紙つぶて』のみ書誌学的記述として*1信頼できる。書物には「索引」が必要であることを本書から教えられた。『紙つぶて 自作自注最終版』は、人名索引と書名索引から拾い読みできる点、実に便利で有用な本になっている。宮崎市定の項目も、もちろん一覧できる。
- 作者: 谷沢永一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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谷沢氏は桑原氏を評して次のように、自注を加えている。
戦後半世紀、跳梁跋扈した進歩的文化人の、象徴としての存在を、私は桑原武夫に見る。その理由は次の如くである。
・・・(中略)・・・
第五、同僚の吉川幸次郎から貝塚茂樹までを売り出し、京都学派を繁栄させ棟梁となった。
第六、岩波書店と固く結び、学派への批判をきっちり封じた。
第七、風向きが変わるや率先して日教組に文句をつけたので、大宅壮一から叱り転向とされた。
第八、指導する京大人文研の共同研究を、学問研究の新次元であるかのように売りこんだ。
第九、『桑原武夫集』十巻は随想集である。(p.901)
きわめて手厳しい批判になっている。その前段が丸山眞男批判*2であり、「進歩的文化人」批判は、谷沢氏の得意とするところだが、「進歩的文化人」云々はさておくとして、『『論語』を、いま読む』のなかで、鶴見俊輔は次のように述べているから、桑原氏の著作を「随想集」というのは、案外的を得ているのかも知れない。
桑原さんとしては、一番おもしろいのが『現代の随想21 桑原武夫』(弥生書房、1982)なんだよ。この本は、富士正晴が選んだ桑原さんのエッセイが20編ほど入っている。(p.46)
このあたり、小林秀雄の「眞理を言ひ、正義を解き、國家の為、社會の為を思つて、己を殺してゐると自ら信じながら、その動機に不純なものをわれ知らず持つてゐる人」という言葉に耳を傾けてみよう。
閑話休題。復刊のことで、ひとつ朝日新聞社に対して苦情がある。大佛次郎『天皇の世紀』第1巻『黒船』を読み始めたのだが、元版をどうやら複製したようで、活字の濃淡がひどく、単純に保存がよくない版をそのまま複製したものと思われる。読者として新刊であるにもかかわらず、気分よく読むことができない。文庫本の複刊ならやむをえないが、少なくとも「普及版」(1800円)である以上、IT時代だけに活字部分はなんとかできたはずだ。手抜きとしか思えない。
- 作者: 大佛次郎
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
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話が、あちこちへ飛んでしまったが、元旦のほろ酔い気分での記録として、許容していただきたい。とまれ、今年も「読書」と「映画」の二本立てで行きたい。