ヒランクル


ドイツ映画祭2005」で上映されたハンス・シュタインビッヒラー『ヒランクル』(2003)を観る機会があった。ドイツ映画のニュードイツ・シネマ以前の60年代に量産された「郷土映画」のジャンルに入るが、新世紀ドイツ映画として、評価を得た作品で、「ミュンヘン映画祭」の監督賞と主演女優賞を受賞したフィルムである。


ベルリンに住む30歳の独身女性レーネ(ヨハンナ・ヴォカレク)は、父親の60歳の誕生日を祝うために、家出して以来始めてバイエルンの故郷ヒランクルに帰省する。帰途の途中、列車の中から、父親が若い愛人と別れを惜しんでいる姿を目撃する。


レーネが帰省する家族の構成は、長女のレーネと長男のパウル、父ルーカスと母ローズマリーの四人。それに農場の管理人ヴィンツェンツ。不意の来客が、父の旧友ゲッツ。


映画は、レーネが帰省する金曜日から始まり、日曜日の父の誕生パーティで終わる、3日間の出来事だが、レーネと母の不仲の原因や、父の友人ゲッツの30年振りの参加によって、家族の光景が見終わったあと、一変する。


映画の冒頭に、「セックスしているか」「家庭をもっているか」「行動しているか」の三つの質問がナレーションとしてレーネの映像にかぶさる。レーネ自身のベルリンでの生活が窺える質問である。


レーネが少女の時、ピアノで「ゴールドベルク変奏曲」を練習していたが、母の怒りを買い、ピアノを弾くことを止める。そのトラウマが今でも、レーネの記憶に残っていて、時々、フラッシュバックで示される。


父とレーネが同じ列車で、帰省する。母ローズマリーは、息子の友人で農場管理人ヴィンツェンツを相手にキスを交わしている。不倫関係にあるのは、父と同様、母も同じだった。


レーネは、父の友人ゲッツに惹かれて行き、ピクニックに出かけたとき、親密な関係を持つ。そして、かつて、ゲッツは母の恋人であり、結果的に父と結婚したことがわかる。両親の関係は、いわゆる愛情にもとづく幸福な結婚ではなかったようだ。70年代に父とゲッツは、左翼的運動にかかわっていたことが会話から推測できる。


母が本当に愛していたのは、ゲッツであり、父との結婚後も愛人関係にあったことも次第に解ってくる。洗練されたゲッツと、野暮な父は対照的な存在であり、母ローズマリーは家庭を持つことの伴侶として、父ルーカスを選んだのだった。その理由は示されない。


美しい故郷、田園風景と山岳と湖がある。帰省後は、自転車を軽快に乗り回すレーネの姿が生き生きしている。レーネの視点から視えていた家族は、実は、全く異なる真実を隠蔽していたことが、父親の誕生パーティで露呈される。家族は、崩壊していたのだった。


観終わったあと、襲われる空虚感は、一体何なのだろうか。どこにも救いがないように視えるが、それは、観客に考えさせるための仕掛けと捉えたい。


「ドイツ映画祭2005」のHP


■ドイツ映画の新たな傾向


ニュー・ジャーマン・シネマ以後の監督の中では、ヴォルフガング・べッカー(『グッバイ・レーニン』)、トム・ティクヴァ(『ラン・ローラ・ラン』)、オリヴァー・ヒルシュビーゲル(『es(エス)』『ヒトラー』)や、上記『ヒランクル』のハンス・シュタインビッヒラー、さらに、ハンス=クリスティアン・シュミット(『クレイジー』)など多数の才能ある監督が競いあっている状態になっていて、代表的監督をあげることは難しい。「ドイツ映画祭2005」に唯一、旧世代のフォルカー・シュレンドルフの『9日目』が上映されている。フォルカー・シュレンドルフとは、あの『ブリキの太鼓』(1979)『魔王』(1996)の監督である。


ブリキの太鼓 [DVD]

ブリキの太鼓 [DVD]

魔王 [DVD]

魔王 [DVD]