帰郷


きわめて平凡きわまりないタイトルの萩生田宏治監督『帰郷』は、小品ながら実に良い味わいあるフィルムになっている。東京で独身のサラリーマン生活を送る西島秀俊のもとに、母・吉行和子から再婚披露案内の葉書が届くシーンから始まる。電車の中の不安な様子の晴男(西島秀俊)の表情を捉えたところで、タイトルが静かに示される。


年下の男・高橋長英との披露宴ではしゃぐ吉行和子と、対照的に呆然とする西島秀俊の表情は秀逸である。突然の知らせで、故郷へ帰る経験は、故里を持つものにとって身近な話だ。まして、母の再婚とはおだやかではない。さらに、8年前に別れた深雪(片岡礼子)が、離婚して子連れで帰省していることを知る。


深雪は、晴男に自分の子供は7歳で、名前はチハルであり、晴男の「ハル」をとったという衝撃的なことを打ち明ける。一瞬、二人は8年前の関係に戻り、深雪は翌日、自分のアパートへ晴男に来て欲しいと要請する。東京に帰るべきその日に、深雪のアパートを訪ねると、娘のチハル(守山玲愛:好演)に出会い、母がいないことを知らされる。深雪が勤めているはずのスーパーマーケットに、彼女は出勤していないことが分かる。どうしたものか、晴男は戸惑うけれど、眼前のチハルを放置しておくわけには行かない。母を探すロードムービーが、ここから始まる。


ここからは、西島秀俊と少女・守山玲愛のかけあいの見事さに、感動を覚えないわけには行かない。チハルのブランコに乗りたいと言う要求を満たすことができない晴男。母深雪が付き合っていた男性のマンションに同行するハメになる。けれども、そこにも母はいない。いつしか、晴男はチハルに対する父性に目覚めて行く。とりわけ、深雪から父親かも知れないという示唆を受けているから余計に、チハルとの関係が深まる。チハルが発熱していることが分かると近くの病院を訪れ、あたかも父親であるかのようにふるまう。医者役は諏訪敦彦


何よりも、テーマとしては大上段に構えたものではなく、ごく自然なありふれたものであり、撮影も自然光をたくみに取り入れて、小品ながら見応えある作品に仕上がっている。晴男の西島秀俊の静かな演技が素晴らしく、また、彼とのかけあいを子役の守山玲愛が相互補完的に演じていて、ほほえましい。チハルが、最後に晴彦に言うセリフには泣いてしまうほど嬉しい意ことばだった。



2日間の文字通り「帰郷」を描いた作品だが、帰途の電車のなかの西島秀俊の表情には、冒頭とは対照的なものが見られ、表情でみせる演技派の面目躍如たるところか。北野武Dolls(ドールズ)』で寡黙な青年を演じた西島秀俊は、『トニー滝谷』ではナレーション役に挑戦していた。期待度大の若手有望株とみた。


二年ぶりの映画出演となる片岡礼子は、出番が少ない割りに存在感が大きく、映画に限定し、でどちらかといえばマイナー作品に出ている片岡礼子の復帰作として歓迎したい。望月六郎『鬼火』や橋口亮輔ハッシュ!』の出演が印象に残る。


社会的な大問題をとりあげるわけでもなく、ささやかな個人と家族と友人と父娘の問題を、淡々と力まずに描いた、監督・萩生田宏治にも好感が持てる。良い作品に出会ったときの爽やかな印象を受ける素敵なフィルムであった。


ゴダールの見解に従うわけではないが、上映時間を82分に収めたことも、十分評価に値するだろう。


『帰郷』公式HP


萩生田宏治の監督作品


西島秀俊の代表出演作

Dolls [ドールズ] [DVD]

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片岡礼子の代表出演作

鬼火 [DVD]

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ハッシュ! [DVD]

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