ヒトラー 最後の12日間
ドイツ映画が、日本で上映される機会は多くない。一時期、ニュー・ジャーマン・シネマの時代があり、ファスビンダー、ヘルツォーク、ペーターゼン、ヴェンダースなどのフィルムが、競って公開されていた。日本で最も早く注目された『マリア・ブラウンの結婚』(1978)のファスビンダーは、この運動の牽引役として短期間に数多くの作品を残して1982年に他界している。『Uボート』(1981)が評価されたペーターゼンは、その後、ハリウッドの大作を撮っている。彼らのなかで最も日本人に親しみがある作家は、おそらくヴィム・ヴェンダースだろう。『都会のアリス』(1973)『アメリカの友人』(1977)『パリ、テキサス』(1984)『ベルリン、天使の詩』(1987)など、その多くが日本で公開されている。もう一人は、ヴェルナー・ヘルツォーク。『小人の饗宴』(1970)『アギーレ・神の怒り』(1972)『フィッツカラルド』(1981)『キンスキー、我が最愛の敵』(1999)の特集上映があり、ヴェンダースとともに、ドイツ映画を代表する監督だ。*1
今年、2005年は「日本におけるドイツ年」であり、その関係で「ドイツ映画祭2005」が開催されている。しかし「ドイツ映画祭」で上映された映画の中には、上記のニュー・ジャーマン・シネマ監督の作品が含まれていない。単なる世代交替とも思えない。壁崩壊後のドイツ映画として、『ラン・ローラ・ラン』(1998)や『グッバイ、レーニン!』(2003)が、公開されている。たしかに、一回り下の世代の監督たちが台頭してきている。
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さて、前置きが長くなったが、『ヒトラー 最後の12日間』(Der Untergang:原題「没落・破滅」,2004)の監督・オリヴァー・ヒルシュビーゲルは、1957年生まれだから、リアルタイムで「ナチズム」を経験していない。
戦後世代の監督が、ドイツではタブーとなっているヒトラーの最後の12日間に迫った緊迫感に満ちた傑作になっている。155分を長いとは感じなかった。ヒトラーの秘書だったユンゲの著書をもとに、ドキュメントに近いかたちで、最後のヒトラーと周辺の人物たちの行動をリアルに追っている。秘書ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)が、ヒトラー(ブルーノ・ガンツ)の面接を受けるシーンから始まる。ユンゲはヒトラーに憧れていて、戦争が終わるまで、ユダヤ人虐殺の事実をまったく知らなかったと、後に述懐する。
ベルリン陥落の直前、取り巻きの裏切りに腹立ちながら、ヒトラーは妄想を膨張させ、ソビエト軍を撃破できると信じている。周囲の多くは、既に敗北が近いことを感じているが、ヒトラーに直言できる人物は少ない。敗北を眼前にした指導者がたどる道を描いているのだが、ヒトラーを描く場合の困難さを思うとき、ブルーノ・ガンツの演技は十分評価に値する。
地下要塞の中の閉塞状況で敗北を覚悟したヒトラーは、ベルリン市民のことを無視し弱者と切って捨てる。大衆に支持されてヒトラー=ナチスが政権を掌握した。敗北を前に、民衆を裏切るのはほかならないヒトラー総統だった。一方で周囲の親衛隊にみせる気遣いがあるので、その親密さとは背反した、分裂した人物像としてのヒトラーになっている。独裁者も近くからみれば、ただの老人に過ぎない。この矛盾した指導者は、死の直前、エヴァと結婚式をあげる。そして、拳銃による自死。ピストルの音のみ廊下に響き、以後ヒトラーがいない状況で映画は、ソ連軍による占領を描いて行く。
地下要塞の中と平行して、ベルリン市民の悲劇が描かれる。ベルリンにみたてるロケ地は、なんとペテルブルクであるという。しかも、ナチス軍もロシア人たちであった。歴史的なアイロニーを思わないわけにはいかない。
映画のラストには、老いたユンゲ本人のインタビューシーンが置かれる。冒頭のアレクサンドラ・マリア・ララによるナレーションと、ラストのユンゲ本人の悔恨のことばによって、映画の枠組みが示される。ヒトラー=ナチスの戦争とユダヤ人虐殺は、歴史のおおいなる教訓としなければならないことは言うまでもないだろう。
この映画が、戦後世代の監督オリヴァー・ヒルシュビーゲルと、製作・脚本のベルント・アイヒンガーによるものであり、ヒトラーの一側面を、この映画は確かに捉えてはいる。しかし、にもかかわらず、ヒトラーとは何者なのかその全貌は明らかでない。歴史上の独裁者は、数多いが、ヒトラーについて語ることの禁忌を乗り越え、ドイツ人によって映像化されたことの意義はやはり大きいだろう。否定するだけではなく、相対化し、なぜ、理想的なワイマール共和国の民衆が、熱狂的に独裁者ヒトラーを支持したのかが解明されなければならない。
他人事ではない。反省すべき過去では済まされない問題だ。
この映画から、語るべきことは多いが、文字を書き連ねて行くことで、映像で示されたフィルム的磁場から、はるかに遠くまで来てしまう。クロード・ランズマンが撮ったドキュメンタリー『ショア』は、少なくとも、『ヒトラー 最後の12日間』と相互補完的な映画として観るべきだろう。あるいはパロディとしての名作、エルンスト・ルビッチ『生きるべきか死ぬべきか』*2を観ることをお薦めする。*3
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*1:「ニュー・ジャーマン・シネマ」の作家については、後日、個別に触れて行きたい。個人的には、ジャン=マリー・ストローブ&ダニネル・ユイレによるミニマム・フィルム(『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』など)が好きだ。
*3:なお、ドイツ・ニューシネマの一人、ハンス・ユルゲン・ジーバーベルクが上映時間7時間の実験的大作『ヒトラー』を撮っているが、小生は未見。