電子ジャーナル


誰もが経験することであろうが、雑誌論文や記事検索をして、さていざそのオリジナル論文・記事を入手する時に、困ったことがあると思う。商業系雑誌は、比較的入手しやすい。しかし、問題は大学や研究機関が発行しているいわゆる「紀要類」の入手である。大学等の高等教育機関に所属している研究者は、ILLなる制度を利用して文献複写が可能であるから、それほど不便を感じないかもしれない。けれども、一般市民にとって、この「紀要類」の入手は、きわめて困難な場合が多い。紀要論文の読者は、1・5人という定説があるが、それと、入手の不便さとは別だ。


自然科学系の研究者には、電子ジャーナルを利用するのは今や自然のことだが、それも外国雑誌に限られている。日本の場合、雑誌の電子化の遅れは著しく、とくに問題は「紀要類」だ。各大学では、研究成果として、『○○大学研究紀要』として、発行されているが、殆どが非売品であり、大学間の交換等によって、付属図書館に所蔵しているのが現状である。一部の大学では、この「紀要類」を電子化し、一般に公開している機関もあるが、ほとんどの大学は、依然として冊子体で発行するにとどまっている。現在では原稿を電子化し、それをもとに冊子化しているはずだから、大学のホームページで、一般公開するのが、当然の義務だろう。


さて、そこで、電子ジャーナル問題に関係してくる。外国雑誌の電子化はもはや日常レベルであることは研究者なら、誰もが知っている。しかし、日本の商業出版社は、日経BP社*1を例外として、採算の問題もあり、ただちに電子化すれば良いという問題でもないだろう。それでなくとも、出版界は不況である。


とすれば、率先して電子ジャーナル化すべきは、「紀要類」であろう。これは、大学や研究機関が、即実行できるはずだ。電子ジャーナル化し一般公開することで、大学の研究レベルが解り、偏差値とは別の大学評価の指標ができる。2007年には少子化による大学全入問題が控えている。だからこそ、大学・研究機関は、まず、「紀要類」コンテンツのデジタル化を図り、市民に公開すべきなのだ。市民は、大学の研究レベルによって、偏差値とは別の評価にそった研究者・教育者がどの大学に所属しているかが、一目瞭然となり、大学を視る視点が変容するだろう。


現在、電子ジャーナル化して公開している大学等は、きわめて少数である。名古屋大学附属図書館のリンク集に「研究紀要全文ー全国版」があるので、ここで確認して欲しい。あまりにも少数であることに、驚いてしまう。また、NII(国立情報学研究所)「大学Webサイト資源検索」の試験提供版が公開されていることを付言しておきたい。


私自身、書籍の電子化には抵抗があるけれど、雑誌の場合、特に学術系雑誌の場合は早急に電子化すべきであり、引用文献がリンクを通じて参照できる外国雑誌と較べると、日本の場合、はるかに遅れていることを強調しておきたい。特に、国民の知る権利として少なくとも「紀要類」の電子化は、大学・研究機関の情報公開の責務であると認識している。早急な改善を期待したい。


もちろん、著作権の問題や知的財産権のこともあるだろう。特許等にかかわる論文は別として、人文・社会科学系の「紀要類」は、原則コピー・レフトであるべきだと考える。


電子図書館が見えてきた (NECライブラリー)

電子図書館が見えてきた (NECライブラリー)


発行年は1999年だが、

利用者にとって、ほしいコンテンツをいつでも簡単に入手できるようになるのは、極めて大きな社会変革である。(p.116)

このことばは、現在、より切実になっている。


著作権保護について

2005年9月16日の朝日新聞に、福井健策氏が、「著作権保護 延長すべきか」で、現在の保護期間死後50年が70年に延長されることへの懸念が述べられていた。上記の「コピー・レフト」にもかかわる問題なので、関連して言及しておきたい。

仮にシェイクスピアの時代に著作権が死後70年間守られていたら、彼の傑作の大半は存在しなかったとさえいわれる。・・・(中略)・・・
クリエイターの創作活動にとってはさまざまな既存の言葉・メロディ・イメージなどを自作の中に取り込んだり、古典的作品を下敷きにした作品を作ることが不自由になる。死後の保護期間延長は生前のクリエイターにとってはむしろ制約的に働くともいえよう。死後50年以上先のことを考えるよりも、現に生きているクリエイターの権利保護を充実させたり、創作環境を整えることの方が大切ではなかろうか。(福井健策「著作権保護 延長すべきか」)

福井氏の見解に賛同したい。
もちろん、著作権は保護されなければならない。しかし、現在の死後50年を70年に延長することは、創作者にとって厳しい規制になることは福井氏の言うとおりだ。とりわけ、小生が上述した「紀要論文」の電子ジャーナルとしての無料公開にも大いに関連することだ。


著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

*1:日経BP記事検索サービスで、日経BP社発行に限定されるがジャーナルの記事全文が電子化されている。商業出版社として、電子ジャーナル化と記事検索を融合させた功績は大きい。