インファナル・アフェア三部作
『インファナル・アフェア』三部作をまとめて観る機会があった。
かつてはアジア映画の本流を占めていた香港映画は、1997年の中国への返還以後、映画界のエネルギーは、下降気味であり、このところ、韓国映画に圧倒されていた。この傾向に、「香港映画ここにあり」とその実力をみせたのが、アンドリュー・ラウとアラン・マックのコンビによる『インファナル・アフェア』(2002)『インファナル・アフェアⅡ無間序曲』(2002)『インファナル・アフェアⅢ終極無間』(2003)の三部作である。優れた脚本があれば、CGや特殊効果などなくとも、ドラマとして観客に感銘を与えることができることを証明してくれた。
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まず、この作品にトニー・レオンとアンディ・ラウの二代男優が、看板として出演していることが素晴らしい。香港ノワールに相応しい男の美学、ここに極まれりといえるフィルムだ。警察からマフィアに潜入したヤン(トニー・レオン)と、マフィアから警察に潜入したラウ(アンディ・ラウ)の二人の生きざまと、彼らを送りこんだボス(サム=エリック・ツァとウォン=アンソニー・ウォン)との関係。香港が、イギリスの植民地から中国に返還され政治体制は変化しても経済体制は自由経済、つまり二重の政治・経済下にある香港という特有の世界を写しているからである。
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第一部で、表面的に物語は完結したように見せる、しかし、第二部『無間序曲』では、1991年、1995年と、返還の年1997年を舞台に、過去に遡及する。第三部『終極無間』は、2003年の現在から、第一部の結末に至るもうひとつの世界=裏面を描きながら、複雑に錯綜した人物と、警察からマフィアに潜入した5人のスパイの実態が、あたかも謎解きが主体であるかのようにスリリングな作品となっている。
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『インファナル・アフェア』のストーリーを紹介しても、ほとんど無意味であろう。なぜなら、ヤンやラウがなぜ、自分の所属する世界の敵の中に潜入するのか、本当の理由を知らない。にもかかわらず、ボスの命令に従順であるからこそ、自己が志向する世界とは反対の世界にいることの苦悩、「無間地獄」をさまようことになるのだ。
第一部で、死亡したヤンの、その事件の前の状態を、ラウが調べることで、残り二人のスパイを摘発しようとする。偶然その仲介をするのが精神分析医のケリー・チャンであり、彼女の前では、ヤンもラウも自分をさらけ出す。二人が同時に、ケリー・チャンの分析を受けているシーンがある。ラウの妄想だが、映像としては現実であり、二人はいわば双子=鏡のような存在であり、第一部で死ぬヤンの行為を、第三部でラウが反復することになる。マフィアへ潜入するスパイとして、『HERO』で秦の始皇帝を演じたチェン・ダオミンが、また、ヤンと同期のエリートでマフアと通じている警官レオン・ライの登場により、『Ⅲ終極無間』の結末への興味は盛り上がる。
『インファナル・アフェア』は、香港の歴史そのものであり、マフィア=黒社会と警察は、表裏一体にほかならないことを、相互にスパイを潜入させるという形で描いたフィルム・ノワールである。ハリウッドでリメイクされるらしいが、単なる「スパイ潜入もの」を大がかりな仕掛けで見世物となることが予測される。『インファナル・アフェア』は、香港という二重の街の隠喩であり、そこが描けないとリメイクする意味はない。この作品は香港映画再生のための傑作なのであり、パワー溢れる香港映画の復活の兆しと捉えたい。
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■追記
若き日のヤン(ショーン・ユー)とラウ(エディソン・チャン)は、若手俳優としての魅力があり、あくまで男の世界を描いた作品なので、ケリー・チャン以外は、女優さんの影が薄いのはやむを得ない。カリーナ・ラウが、サムの妻役として『Ⅱ無間序曲』ではラウに慕われる重要な役どころで、『Ⅲ終極無間』にもワン・シーンだけ登場する。ほかに、ラウの恋人=妻役としてサミー・チェンが『Ⅰ』と、『Ⅲ終極無間』のラストに顔を見せる。
『Ⅱ無間序曲』で、黒社会の二代目を演じるフランシス・ンが、インテリ風の風貌でクールなボスとして印象深い。全体として暗いフィルムの中で、唯一ひょうきんな役どころのチャップマン・トウのバイプレイヤーとしての存在も見逃せない。韓流スターに眼を奪われがちだが、香港の俳優さんの名前も覚えよう。
■追記2(2005年9月19日)
香港映画とは、あのブルース・リーに代表されるカンフー映画、後継者のジャッキー・チェンの系譜、キン・フーによる武侠映画(ワイヤー・アクションの源流)、チョウ・ユンファたちによる香港フィルム・ノワール、その他コメディや、多彩なフィルムをあたかもプログラム・ピクチャーのごとく量産していた。玉石混交であったが、すべての作品に、エネルギーが溢れていたことは明記しておきたい。中川信夫の傑作『東海道四谷怪談』の撮影監督であった西本正が、日本映画の衰退期に香港に招かれ、数多くの映画撮影を担った。ブルース・リー『ドラゴンへの道』の撮影監督は、西本正であったことは特筆に値する。
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